長い間禁止されてきた「マジックマッシュルーム」が、現在、うつ病や依存症に対する革新的な治療法として医学界で注目を集めています。先住民の伝統的知恵と最新の科学研究が交差する中、アメリカ・オレゴン州では世界に先駆けて規制された環境での合法的な提供が始まりました。何千年もの歴史を持ち、現代医療に新たな可能性をもたらすシロシビンの驚くべき可能性と、私たちの意識や健康に対する影響について紹介します。
シロシビンとは

シロシビンは自然に存在する精神作用物質(サイケデリック)化合物です。200種類以上のキノコに含まれており、何世紀にもわたって世界中の先住民族やコミュニティにより精神的、儀式的、その他の目的で使用されてきました。特にメキシコのマサテック族などの先住民コミュニティでは、伝統的な治癒儀式において重要な役割を果たしてきました。
化学的には、シロシビンは体内でシロシンに代謝され、主にセロトニン受容体(特に5-HT2A受容体)に作用します。これにより、知覚、思考、感情の変化が引き起こされ、一時的な意識状態の変容が生じます。効果は通常30分〜1時間で始まり、4〜6時間続きます。
オレゴン州では規制されたシロシビンサービスが合法的に利用できるようになりましたが、連邦レベルでは依然として厳しく規制されています。
連邦規制薬物法の薬物スケジュール分類
連邦規制薬物法(Controlled Substances Act)では、薬物は5つのスケジュールに分類されています。今回取り上げるシロシビンは最も厳しく規制される「スケジュールI」に分類されています。

- スケジュールI:最も厳しく規制される物質
- 高い乱用・依存リスク
- 認められた医療用途なし
- 医学的監督下での安全使用基準が確立されていない
- 例:ヘロイン、LSD、MDMA、シロシビン、マリファナ(連邦レベル)
- スケジュールII:高い乱用リスクがあるが医療用途もある物質
- 重度の心理的・身体的依存をもたらす可能性がある
- 例:コカイン、メタンフェタミン、オキシコドン、フェンタニル
- スケジュールIII:スケジュールIIよりも乱用リスクは低いが依然として存在
- 中程度から低度の身体的依存性と高い心理的依存性
- 例:ケタミン、テストステロン、少量のコデインを含む製品
- スケジュールIV:比較的低い乱用リスク
- 限定的な身体的・心理的依存性
- 例:ザナックス、バリウム、アンビエン
- スケジュールV:最も乱用リスクが低い規制物質
- 例:少量のコデインを含む咳止め薬、下痢止め薬など
文化的・歴史的背景
先住民の伝統的使用
シロシビンキノコは何千年もの間、様々な文化で精神的・治癒的目的で使用されてきました。
- メキシコのマサテカ族:
「los niños santos」(神聖な子供たち)として知られるキノコを治癒儀式で使用しています。マリア・サビナのような治療師(クホタ・チネ)が伝統を続けています。 - グアテマラのマヤ文化:
古代の石彫刻にキノコの描写が見られます。 - 世界各地の先住民文化:
そのほかにも世界各地でキノコを神聖な存在として崇拝する証拠が残っています。
このように、シロシビンは何千年もの間、先住民が受け継いできた「伝統的」な文化の一部なのです。そのため、先住民の知識体系を尊重し、文化的に適切な方法でシロシビンを使用することを忘れてはいけません。
現代的再発見
1950年代に銀行家であったR. ゴードン・ワッソンがメキシコ・マサテカ族のシャーマンであったマリア・サビナと出会い、「ライフ」誌で報告したことがきっかけとなり、西洋世界にシロシビンが「マジックマッシュルーム」として紹介されました。その後、アルバート・ホフマン博士によりシロシビンが分離・同定され、1960年代の対抗文化運動で広く使用されるようになりました。
1970年代の厳しい規制により研究が停滞しましたが、1990年代末から現在に至る「サイケデリック・ルネサンス」で、最新の科学と結びつき、その可能性に注目が集まっています。

医療用途での効果
複数の臨床研究により、シロシビンが様々な精神疾患の治療に有効である可能性が示されています。
うつ病治療
最新の研究では、シロシビンがうつ病、特に治療抵抗性うつ病に対して有望な効果を示すことが明らかになっています。2022年にニューイングランド医学ジャーナルに発表された二重盲検試験では、従来の治療に反応しなかった治療抵抗性うつ病患者233名を対象に、シロシビンの単回投与(25mg、10mg、1mg[対照])の効果が検討されました。
結果として、25mgの単回投与を受けた患者は、1mg投与の対照群と比較して、3週間後のうつ病症状(MADRS総スコア)に有意な改善が見られました(平均スコア変化 -12.0 vs -5.4)。25mg投与群の37%が3週間後に「反応」(症状の50%以上の改善)を示し、29%が「寛解」(症状の完全な消失)に達しました。ただし、効果の持続については、12週間後の持続的反応率は20%でした。
また、2016年のジョンズ・ホプキンス大学の研究では、命に関わるがんと診断された患者51名にシロシビンを投与したところ、うつ病や不安の症状に大幅な減少が見られました。高用量のシロシビンを投与された患者の約80%が、6ヶ月後もうつ病や不安の症状の臨床的に有意な減少を示しました。
依存症治療
2023年のFrontiers in Psychiatryに発表された系統的レビューでは、依存症に対するシロシビンの治療効果が評価されました。このレビューでは4つの臨床試験(計151名の患者)が分析され、主にアルコール使用障害とタバコ使用障害に焦点が当てられました。
アルコール依存に対するの研究では、二重盲検プラセボ対照試験において、シロシビン投与後の32週間における「ヘビーな飲酒日」の割合が、プラセボと比較して有意に低いことが示されました(平均差13.9%)。別のパイロット研究では、シロシビン投与後の追跡期間(平均6年)で、31名中10名(32%)がアルコールから完全に禁酒状態になりました。
タバコ依存に関するパイロット研究(15名)では、シロシビン支援療法後の禁煙率が26週時点で80%(12/15)、52週時点で67%(10/15)という高い値を示しました。これらの研究はいずれも、シロシビンが何らかの形の心理療法と組み合わされた場合に依存症症状に有益な効果をもたらすことを示唆しています。
治療メカニズム
シロシビンがどのように治療効果を発揮するかについては、いくつかのメカニズムが提案されています。
- 脳のデフォルトモードネットワークの一時的抑制と新しい神経経路の活性化
- 脳の神経可塑性の増加
- 強い感情体験や洞察を通じた認知・行動パターンの変化
- 神秘的または変容的な体験による視点の転換
安全性と副作用
適切な環境下でのシロシビンの使用は、厳格な臨床研究では一般的に安全であることが示されていますが、いくつかのリスクと副作用が存在します。
一般的な副作用
- 一時的な血圧上昇と心拍数増加
- 吐き気・嘔吐
- 頭痛
- 一時的な不安や恐怖感
- 認知や知覚の変化
禁忌
以下の条件を持つ人はシロシビン使用に注意が必要とされています。
- 精神疾患の家族歴(特に統合失調症)
- 心臓疾患
- 特定の薬物との相互作用
- 妊娠中または授乳中
オレゴン州のモデル
この取り組みを全米でいち早く制度化したのが、オレゴン州です。オレゴン州シロシビンサービス法は2020年11月にオレゴン州民の投票により法制化され、オレゴン州法ORS第475A章に成文化されました。これにより、オレゴン州は米国で初めてシロシビンサービスの規制枠組みを構築した州となったのです。
規制の枠組み
オレゴン保健局(OHA)の公衆衛生部門内にあるオレゴンシロシビンサービス部門(OPS)が、シロシビン製品の生産とサービス提供のライセンス発行と規制を担当しています。2023年1月2日からライセンス申請の受付を開始し、同年夏にはライセンスを受けたシロシビンサービスセンターがクライアントへのサービス提供を開始しました。
ライセンスタイプには以下の4つがあります。
- 製造業者ライセンス:シロシビンキノコの栽培と製品の生産
- 検査機関ライセンス:製品の安全性と有効成分の検査
- サービスセンターライセンス:投与セッションを行う施設
- ファシリテーターライセンス:クライアントをサポートする専門家
このうち、「ファシリテーターライセンス」については、オレゴン州では州認定のファシリテーター養成プログラムがいくつか存在します。プログラムによっては、オンラインで受講することも可能で、(ただし、資格取得には40時間の実地研修が必要)実際に筆者も現在受講しています。
製造と製品
オレゴン州では、製造業者は「Psilocybe Cubensis」種のみを栽培・加工することが許可されています。合成シロシビンや野生のキノコの採取は許可されていません。製品には以下が含まれます。
- 乾燥したキノコ全体
- 均質化した粉砕キノコ
- 抽出物
- 食用製品
製造業者ライセンスを取得するには、21歳以上であること、土地使用適合性証明書を取得すること、犯罪歴チェックに合格することなどの要件があります。年間ライセンス料は$10,000(一部資格者は$5,000)です。
サービス提供プロセス
オレゴン州の「シロシビンサービス」は、認可されたファシリテーターによって提供される一連のセッションを指しており、実際の投与に加えて、前後の「準備セッション」と「統合セッション」が体験の大きな鍵を握ります。

- スケジュール設定:認可されたサービスセンターに連絡し、ファシリテーターとの準備セッションを予約
- 準備セッション:ファシリテーターとの面談で以下を完了
- クライアント情報収集
- 権利証書の説明
- インフォームドコンセント
- 安全・サポート計画の作成
- 交通計画の確認
- アクセシビリティの確保
- ファシリテーターがサービス提供の適性を判断
- クライアントが投与セッションに進むかどうかを決定
- 投与セッション:サービスセンターで実施
- クライアントがサービスセンターからシロシビン製品を購入
- セッション開始時に摂取
- ファシリテーターの監督のもと、体験が終わるまでセンターに滞在
- グループセッションの場合、最小限のクライアント対ファシリテーター比率が必要
- セッション後72時間以内にフォローアップ連絡
- 希望者には統合セッションを提供
- 統合セッション:
- 安全・サポート計画の見直し
- コミュニティリソース、ピアサポートネットワーク等の紹介
クライアントは21歳以上である必要がありますが、処方箋や医療紹介状は不要で、オレゴン州民である必要もありません。
今後の展望
全米に先駆けて構築されたオレゴン州のモデルは、他の地域におけるシロシビンサービスの基盤となっています。一方で、まだ研究や制度が整っていない部分も多く、今後の動向を注視する必要があります。

- 他の州の動き:コロラド州はすでに自然由来のサイケデリクスを非犯罪化しており、他の州でも同様の法案が検討されています。
- 連邦レベルの動向:FDAは一部の研究でシロシビンを「画期的治療法」に指定しており、スケジュール変更の可能性もあります。
- 研究の拡大:より大規模で多様な患者群を対象とした研究が進行中です。
- アクセスと公平性の課題:多様なコミュニティが公平にアクセスできるよう、社会正義の問題に取り組む必要があります。
オレゴン州の取り組みはまだ初期段階ですが、そのデータと経験は、シロシビンが安全かつ効果的に提供できるという証拠を蓄積し、将来の政策決定に影響を与えるでしょう。
まとめ
シロシビンは伝統的な使用から現代の科学研究まで、長く複雑な歴史を持つ化合物です。オレゴン州は米国で初めてシロシビンサービスの規制枠組みを構築し、連邦法と州法の間の矛盾を乗り越えながら、安全で規制された環境でシロシビン体験を提供する画期的なモデルを確立しました。
科学的証拠が蓄積するにつれ、シロシビンの医療的可能性は明らかになりつつあります。一方で、文化的文脈を尊重し、歴史的な不平等に対処することも重要です。オレゴン州のモデルは、効果的な規制とアクセスのバランスを取る方法を示す重要な事例となっています。
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本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。