REBUS理論とは|サイケデリック療法の革新的メカニズムを解説

REBUS理論とは 研究

サイケデリック療法は従来の抗うつ薬が効かない患者の3〜4割に、わずか1回の治療で数ヶ月間効果が持続するという驚異的な結果が報告され、医学界に衝撃を与えています。本記事では、この革命的なサイケデリック療法の謎を解き明かすREBUS理論について、日本での最新研究動向とともに詳しく紹介します。

REBUS理論が示すサイケデリック療法の新たな可能性

REBUS理論(RElaxed Beliefs Under pSychedelics)とは、サイケデリクス下での信念の緩和を意味し、シロシビンなどのサイケデリック物質が脳の高次信念システムを一時的に緩和することで治療効果を発揮するという革新的な理論です。

この理論は、従来の抗うつ薬が効果を示さない治療抵抗性うつ病患者に対して、なぜシロシビンが即効かつ持続的な治療効果を示すのかを科学的に説明します。REBUS理論の登場により、サイケデリック療法は単なる幻覚体験から、明確な作用機序を持つ医学的治療法として位置づけられるようになりました。

現在、日本でも慶應義塾大学において治療抵抗性うつ病に対するシロシビン療法の臨床試験が進行中であり、この理論に基づいた治療法の実用化が期待されています。

REBUS理論の基本メカニズム

サイケデリックにおけるREBUS理論の基本メカニズム

REBUS理論の核心は、脳の階層的予測符号化システムにおける「信念の精度重み付け」の変化にあります。この理論によると、サイケデリック療法の治療効果は二つの主要な要素から構成されています。

脳の「フィルター機能」と思い込みの固定化

人間の脳は、外界からの膨大な情報を処理する際に「階層的予測符号化」という巧妙な仕組みを使用しています。これは、いわば脳内の「フィルター機能」のようなもので、上位レベルの脳領域が「こうなるはずだ」という予測や思い込みを作り、それが下位レベルからの情報を選別しています。

例えば、朝起きたときに「今日も憂鬱な一日になる」と思い込んでしまうと、実際に楽しい出来事があっても「たまたまだ」「どうせ長続きしない」として脳が自動的に情報を選別してしまいます。正常な状態では、この思い込みシステムが適切に機能することで、我々は一貫した自己認識と世界観を維持できます。

しかし、うつ病などの精神疾患では、「自分は価値がない」「何をしても無駄だ」といった否定的な思い込みが異常に強化され、まるで頑固な色眼鏡のように脳に固定化されてしまいます。この状態では、通常の心理療法や薬物療法で思い込みを変化させることは極めて困難です。

シロシビンが脳の「思い込み回路」を一時的に緩める仕組み

シロシビンは、脳内の「5-HT2A受容体」という特殊なスイッチに作用します。この受容体は、脳の深い部分にある「深層錐体細胞」という重要な神経細胞に多く存在しており、まさに思い込みをコントロールする司令塔のような役割を果たしています。

シロシビンがこのスイッチを押すと、普段は抑え込まれている感情や記憶、新しい視点などの情報が脳内を自由に流れるようになります。これはちょうど、ダムの水門を一時的に開放するような状態で、それまで溜まっていた様々な情報が一気に流れ出します。

興味深いことに、名城大学の衣斐准教授の研究では、シロシビンの「幻覚を見る作用」と「うつ病を治す作用」は、実は脳の異なる場所で起こることが明らかになりました。大脳皮質(脳の表面部分)の受容体が幻覚に関係し、大脳皮質下(脳の深い部分)の受容体が抗うつ作用に関係しているのです。

この発見は革命的で、将来的には「幻覚は起こさずに、うつ病だけを治す」薬の開発につながる可能性を示しています。

従来の薬が効かないうつ病への新たな希望

シロシビンの作用メカニズム

REBUS理論に基づくサイケデリック療法は、「治療抵抗性うつ病」と呼ばれる難治性のうつ病に対して、これまでにない治療アプローチを提供します。

治療抵抗性うつ病とは、一般的な抗うつ薬(SSRI等)を適切に使用しても十分な効果が得られないうつ病のことで、大うつ病性障害患者の実に30~40%がこの状態にあります。つまり、10人のうつ病患者がいれば、3〜4人は従来の治療法では改善が困難という深刻な現状があります。

根本的に異なる治療アプローチ

従来の抗うつ薬は、脳内の神経伝達物質(セロトニンなど)の量を調整することで効果を発揮します。これは例えるなら、「脳内の化学バランスを整える」アプローチです。

一方、サイケデリック療法は脳の「思い込みシステム」そのものを一時的にリセットすることで効果を発揮します。これは根本的に異なるアプローチで、「固まってしまった考え方のパターンを柔らかくする」治療法と言えるでしょう。

この違いにより、従来の薬で効果が得られなかった患者でも、シロシビン25mgを1回投与するだけで、3週間から6ヶ月という長期間にわたって抗うつ効果が持続することが複数の臨床試験で確認されています。

特に注目すべきは、シロシビン治療を受けた患者の中で、治療開始後5週間以内に「やっぱり従来の抗うつ薬を使いたい」と求めた人が一人もいなかったという報告です。これは、患者自身が体感する効果の質が従来治療とは明らかに異なることを示しています。

日本における最新研究動向

日本でも2023年から本格的なシロシビン研究が開始されており、慶應義塾大学において治療抵抗性うつ病患者を対象とした12ヶ月追跡調査を含む臨床試験が実施されています。

この研究では、マルチモーダルMRI、TMS-EEG計測により、作用発現部位の同定とバイオマーカーの探索も行われており、REBUS理論の検証と日本人における治療効果の確認が期待されています。

また、2018年と2019年に米国食品医薬品局がシロシビンを治療抵抗性うつ病および大うつ病性障害のブレイクスルーセラピーとして認定したことを受け、日本でも将来的な承認に向けた準備が進められています。

REBUS理論の今後の展望と課題

サイケデリック療法の未来

REBUS理論は、サイケデリック療法の作用機序解明において画期的な進歩をもたらしましたが、実用化に向けてはいくつかの課題も残されています。

まず、治療効果の個人差の問題があります。急性の幻覚経験の質によって、5週目の抑うつ症状改善が予測されることが示されており、効果的な治療のためには適切な心理的サポートと治療環境の整備が不可欠です。

また、安全性の確保も重要な課題です。現在報告されている副作用は頭痛や疲労感など一過性の軽微なものとされていますが、より大規模で長期的な安全性データの蓄積が必要です。

さらに、治療プロトコルの標準化も課題となっています。シロシビン療法は単なる薬物投与ではなく、心理療法との組み合わせによる包括的アプローチが必要であり、サイケデリックファシリテーターをはじめとした、治療者の専門的訓練と治療施設の整備が求められます。

REBUS理論の発展により、今後はより精密な治療法の開発が期待されます。特に、抗うつ作用と幻覚作用の分離が可能になれば、より安全で効果的なサイケデリック療法の実現につながるでしょう。

まとめ:REBUS理論が切り開くサイケデリック療法の新時代

REBUS理論は、サイケデリック療法の科学的基盤を提供し、従来の薬が効かないうつ病患者に対する革命的な治療選択肢の可能性を示しています。この理論により、シロシビンが脳の「思い込みシステム」を一時的にリセットし、固まってしまった否定的な考え方パターンを変化させるメカニズムが明らかになりました。

従来の抗うつ薬が「脳内の化学バランスを整える」アプローチであるのに対し、サイケデリック療法は「固定化された思考パターンを柔らかくする」という根本的に異なるアプローチを取ります。これにより、1回の治療で数ヶ月という長期間の効果が期待できるのです。

日本でも慶應義塾大学での臨床研究が進行中であり、将来的にはREBUS理論に基づいたサイケデリック療法が、従来治療に反応しないうつ病患者の新たな希望となることが期待されています。ただし、実用化に向けては安全性の確保と治療プロトコルの標準化が重要な課題として残されており、今後の研究進展が注目されます。

Carhart-Harris, R. L., & Friston, K. J. (2019). REBUS and the Anarchic Brain: Toward a Unified Model of the Brain Action of Psychedelics. Pharmacological reviews71(3), 316–344. https://doi.org/10.1124/pr.118.017160

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
Yusuke

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、現在はオレゴン州認定プログラムInnerTrekにてサイケデリック・ファシリテーターの養成講座を受講中(2025年資格取得予定)。

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