身体はトラウマを記録する|サイケデリック療法が拓く新たな治療

心理学

トラウマ治療の革命を起こした名著が、なぜ今もなお世界中で読み継がれているのでしょうか。ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士による「身体はトラウマを記録する」は、従来の精神医学に風穴を開け、身体志向のアプローチとサイケデリック療法への扉を開いた画期的な一冊について詳しく紹介します。

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従来の抗うつ薬が効果発現まで数週間を要する中、わずか1-3回の投与で数ヶ月の効果持続を実現するサイケデリック療法。オーストラリアでは2023年に世界初の合法化、米国では州レベルでの制度確立が進む一方、日本では具体的な社会実装の道筋が見えていません。

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なぜ「身体はトラウマを記録する」が治療革命を起こしたのか

全世界500万部が証明する影響力

ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士の「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」(原題:The Body Keeps the Score)は、2014年の出版以来、全世界で500万部を超える売上を記録している驚異的なベストセラーです。この本が単なる医学書を超えて社会現象となった理由は、従来の精神医学が見落としていた根本的な真実を明らかにしたからです。

同書は全20章構成で、第1部「トラウマの再発見」、第2部「これが私たちの脳だ」、第3部「子どもたちの心」、第4部「トラウマの刻印」、第5部「回復への道」の5部構成となっています。特に注目すべきは、第5部で紹介される革新的な治療法群で、EMDR、ニューロフィードバック、ヨーガ、演劇療法など、身体に直接働きかける手法が詳細に解説されています。

私たちは何よりもまず、患者が現在をしっかりと思う存分生きるのを助けなくてはならない――世界的第一人者が、トラウマによる脳の改変のメカニズムを解き明かし、薬物療法や従来の心理療法の限界と、EMDR、ニューロフィードバック、内的家族システム療法、PBSP療法、ヨーガ、演劇など、身体志向のさまざまな治療法の効果を紹介する、全米ベストセラー。トラウマの臨床と研究を牽引してきたヴァン・デア・コーク博士の集大成。

■本書を通して私は、被虐待児とその親の臨床の中で疑問を感じつつそのままになっていた問題や、断片的な理解のままになっていた問題のほぼすべてに、明確な回答を与えられ、視野が何倍にも広がったような体験をした。本書は日本でも、トラウマに向き合わざるを得ない人々にとって信頼できるテキストとなるだろう。――杉山登志郎(「解説の試み」より)

■科学者の果てしない好奇心と、研究者の該博な知識と、真実を語る者の情熱が見事に融合したのが、ヴァン・デア・コーク博士によるこの名著だ。――ジュディス・ハーマン(『心的外傷と回復』著者)

■ヴァン・デア・コークは、見事なまでに明快で魅力に満ちたこの力作で、私たち読者(専門家も一般大衆も)を彼自身の旅に伴い、自分の研究、同僚や学生、そして何をおいても患者から学んだ事柄の数々を示してくれる。端的に言えば、本書は傑作だ。――オノ・ヴァン・デア・ハート(国際トラウマティック・ストレス学会元会長)

■この傑出した作品は、セラピストばかりでなく、トラウマが引き起こす途方もない苦しみを理解したい、防ぎたい、あるいは治療したいと望む人なら誰もが、絶対に読むべき一冊だ。――パット・オグデン(センサリーモーター・サイコセラピー・インスティチュート創設者)

「話す療法」から「身体療法」への転換点

ヴァン・デア・コーク博士が40年以上にわたるトラウマ研究で到達した最も重要な結論は、「トラウマは言葉で治せない」ということでした。従来の精神分析や認知行動療法などの「話す療法」では、脳の理性的な部分にはアクセスできても、トラウマが実際に記録されている脳の原始的な部分(脳幹や大脳辺縁系)には届かないのです。

この発見は、心的外傷が単なる心理的な記憶ではなく、実際に脳の構造や身体の神経系に物理的な変化をもたらすという事実に基づいています。トラウマ体験が扁桃体の過活動を引き起こし、前頭前野の機能を低下させることで、論理的思考よりも恐怖反応が優先される状態が慢性化します。

フラッシュバック、過覚醒、解離などの症状は、まさに身体に刻み込まれた防御システムの表れであり、これらの症状を根本的に改善するには、身体レベルでのアプローチが不可欠だったのです。

現代医学への問題提起と新たな可能性

同書でヴァン・デア・コーク博士は、従来のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの薬物療法の限界も率直に指摘しています。これらの薬物は症状の緩和には一定の効果を示すものの、根本的な治癒には至らず、多くの患者が長期間の服薬を続けながらも完全な回復に至らない現実があります。

この限界を乗り越えるため、博士は身体に直接働きかける治療法の重要性を強調しました。そして興味深いことに、この視点は近年急速に発展しているサイケデリック療法の理論的基盤とも深く共鳴しています。シロシビンやMDMAなどの物質を用いた治療法は、従来の薬物療法では到達できない深層意識へのアクセスを可能にし、身体レベルでのトラウマ処理を促進する可能性を秘めているのです。

Amazon.co.jp: 身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法 eBook : ベッセル・ヴァン・デア・コーク, 杉山登志郎, 柴田裕之: 本
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ヴァン・デア・コーク博士が提唱した身体志向治療法

ヴァン・デア・コーク博士が提唱した身体志向治療法

EMDR:眼球運動が拓いた新たな扉

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、ヴァン・デア・コーク博士が「身体はトラウマを記録する」で特に詳しく紹介している治療法です。1989年にフランシーン・シャピロ博士によって発見されたこの手法は、左右交互の眼球運動を行いながらトラウマ記憶を想起することで、脳の自然な情報処理機能を活性化させます。

同書の第15章「過去を手放す」では、EMDRがどのように機能するかが詳細に説明されています。眼球運動がREM睡眠時の急速眼球運動と類似した脳状態を作り出し、固着していたトラウマ記憶を流動化させることで、健全な記憶として再統合を可能にするのです。WHO(世界保健機構)が2013年にEMDRを推奨治療法として認定したのも、この科学的根拠に基づいています。

ソマティック・エクスペリエンシング:動物から学ぶ治癒の知恵

ピーター・ラヴィーン博士が開発したソマティック・エクスペリエンシング(SE)について、ヴァン・デア・コーク博士は第16章で興味深い観点を示しています。野生動物は命の危険にさらされても、その後にPTSDを発症することがありません。その秘密は、危険が去った後に身体を震わせて「放電」し、蓄積されたストレスエネルギーを自然に解放することにあります。

SEは、この生物学的な知恵を人間の治療に応用した手法です。「闘争・逃走・凍結」反応が未完了のまま身体に残ることで慢性的な緊張状態が生じるという理論に基づき、身体感覚に注意を向けながら、安全にエネルギーを解放していきます。

トラウマ・センシティブ・ヨーガ:古代の叡智と現代科学の融合

第20章「自分の声を見つける」では、ヴァン・デア・コーク博士自身のトラウマセンターで開発されたトラウマ・センシティブ・ヨーガが紹介されています。この手法は、一般的なヨーガとは根本的に異なる哲学に基づいています。

従来のヨーガが完璧なポーズを目指すのに対し、トラウマ・センシティブ・ヨーガでは「選択」と「今この瞬間への意識」を重視します。トラウマ体験者にとって身体は時として「敵」となってしまいますが、呼吸法やゆっくりとした動きを通じて、身体を再び「安全な居場所」として体験できるよう支援するのです。

身体志向アプローチの限界と新たな可能性の模索

これらの身体志向治療法は確かに革新的であり、多くのトラウマサバイバーに希望をもたらしました。しかし、ヴァン・デア・コーク博士自身も認めているように、重度の複合性トラウマや治療抵抗性の症例では、さらに深いレベルでの意識変容が必要な場合があります。

特に、幼少期から継続的な虐待を受けた患者や、従来の治療法で改善が見られない症例では、意識の根本的な変化を促すアプローチが求められています。このような背景から、近年注目を集めているのがサイケデリック物質を用いた治療法です。興味深いことに、これらの新しい治療法は、ヴァン・デア・コーク博士が提唱した「身体への直接的アプローチ」という理念と深く共鳴しているのです。

bessel van der kolk
ヴァン・デア・コーク博士

サイケデリック療法:意識変容による深層治癒への新たな扉

サイケデリック療法:意識変容による深層治癒への新たな扉

シロシビンがもたらす治療革命

近年、マジックマッシュルームに含まれるシロシビンが、従来の抗うつ薬では治療困難な難治性うつ病やPTSDに対して画期的な効果を示すことが明らかになっています。2018年、米国食品医薬品局(FDA)はシロシビンを「画期的治療薬」に指定し、承認プロセスの迅速化を図っています。

シロシビンの作用機序は、セロトニン5-HT2A受容体への作用を通じて、脳の可塑性を高め、新たな神経結合の形成を促進することにあります。また、「デフォルトモードネットワーク」を抑制することで、固定化された自己言及的思考パターンを一時的に解除し、新たな視点や洞察の獲得を可能にします。

MDMAによるPTSD治療の可能性

合成薬物であるMDMAは、PTSDに対する治療効果が臨床試験で実証されています。MDMAは扁桃体の恐怖反応を抑制しながら、オキシトシンやセロトニンの分泌を促進することで、トラウマ記憶に安全にアクセスし、再統合を可能にします。

重要なのは、これらの物質が単独で治療効果を発揮するのではなく、心理療法と組み合わせることで初めて真の効果を発揮する点です。準備セッション、薬物セッション、統合セッションという三段階のプロセスを通じて、深層意識での治癒体験を日常生活に統合していきます。

神秘体験と治癒:意識の変容がもたらす回復

サイケデリック療法の特徴的な側面の一つが、神秘体験や一体感の感覚です。ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、シロシビン体験における神秘性の度合いが治療効果と強く相関することが示されています。

この現象は、ヴァン・デア・コーク博士が指摘する「つながりの回復」と深く関連しています。トラウマの本質的な痛みは孤立感であり、サイケデリック療法は意識の拡張を通じて、自己・他者・宇宙との根源的なつながりを再体験させる可能性があります。

治療法の融合:ヴァン・デア・コーク博士が描いた統合的アプローチ

治療法の融合:ヴァン・デア・コーク博士が描いた統合的アプローチ

「単一療法の限界」から「多面的治癒」へ

「身体はトラウマを記録する」の最も革新的な側面の一つは、単一の治療法に依存するのではなく、複数のアプローチを組み合わせることの重要性を強調した点です。ヴァン・デア・コーク博士は同書の中で、「トラウマ治療に万能薬は存在しない」と明言し、個人の状況に応じて最適な治療法の組み合わせを見つけることの重要性を説いています。

実際に博士のトラウマセンターでは、EMDR、ソマティック・エクスペリエンシング、ヨーガ療法に加えて、演劇療法、ニューロフィードバック、さらには馬介在療法まで、多様な手法が統合的に用いられています。この「治療法のオーケストラ」とも呼べるアプローチが、従来の単一療法では治療困難だった複合性トラウマに対しても効果を示すことが確認されています。

サイケデリック療法との融合可能性

近年発展しているサイケデリック療法も、この統合的アプローチの延長線上に位置づけることができます。シロシビンやMDMAを用いた治療では、薬物セッション単体ではなく、準備段階での身体志向のアプローチ、セッション中の意識的な身体感覚への注意、そして統合段階でのソマティックワークを組み合わせることで、より深く持続的な治癒が可能になると考えられています。

この統合的アプローチにより、従来の治療法では到達できなかった深層意識レベルでの変容と、日常生活での実践的な身体感覚の回復を同時に実現できる可能性が開かれているのです。

安全性と専門性の重要性

これらの革新的治療法は、すべて適切な訓練を受けた専門家による指導の下で実施されることが不可欠です。特にサイケデリック療法では、セット(心的状態)とセッティング(環境)の管理が治療効果と安全性に決定的な影響を与えます。

また、これらの治療法は万能ではなく、個人の状態や背景に応じて適切な手法を選択することが重要です。医療専門家との十分な相談の上で、最適な治療計画を策定することが求められます。

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個人を超えた影響:トラウマという社会課題への新たな理解

「身体はトラウマを記録する」が変えた社会認識

ヴァン・デア・コーク博士の研究が社会に与えた最も大きな影響の一つは、トラウマを個人的な「弱さ」や「甘え」ではなく、誰にでも起こりうる生理学的反応として理解することを可能にしたことです。同書の第4章「愛情を知らずに育つことの代償」では、幼少期の逆境体験が成人後の健康に与える深刻な影響が、科学的データとともに詳細に論じられています。

米国疾病予防管理センター(CDC)が実施した大規模研究「ACE Study(逆境的小児期体験研究)」の結果は衝撃的でした。幼少期のトラウマ体験が、成人後の心疾患、糖尿病、がん、そして早期死亡のリスクを劇的に高めることが明らかになったのです。これにより、トラウマは精神的な問題にとどまらず、社会全体の公衆衛生上の重要課題であることが認識されるようになりました。

米国では成人の4人に1人が子ども時代に身体的暴力を経験し、8人に1人が家庭内暴力の目撃者となっているという驚くべき実態があります。これらの統計は、トラウマ治療の重要性と、予防的アプローチの必要性を強く示唆しています。

予防と早期介入の重要性

トラウマの影響を最小限に抑えるためには、発生後の迅速な介入が重要です。身体志向のアプローチは、言語化が困難な子どもや、文化的背景により言語的表現に制約がある場合でも有効性を発揮します。

また、学校教育や職場でのトラウマインフォームドケア(トラウマの影響を理解した支援)の導入により、二次的なトラウマの発生を予防し、回復を促進する環境づくりが進んでいます。

まとめ:身体の記憶と向き合う新たな時代の始まり

ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士の「身体はトラウマを記録する」が世界中で読み継がれる理由は、それが単なる医学書を超えて、人間の苦しみと回復に対する根本的な理解を変革したからです。同書が提示した「トラウマは身体に記録される」という洞察は、EMDR、ソマティック・エクスペリエンシング、ヨーガ療法などの身体志向アプローチを通じて実践的な治療法として結実し、数えきれないトラウマサバイバーに希望の光をもたらしています。

そして今、サイケデリック療法の登場により、博士が描いた治療のビジョンはさらに新たな地平を迎えています。シロシビンやMDMAを用いた治療法は、従来のアプローチでは到達困難だった深層意識レベルでの治癒を可能にし、神秘体験を通じた根源的な変容体験を提供しています。これらの革新的治療法の共通点は、対症療法ではなく人間の自然な治癒力を活性化させることを目指している点です。

重要なのは、これらの治療法が「トラウマとの戦い」ではなく「トラウマとの和解」を目指していることです。身体に刻まれた記憶を敵視するのではなく、それらを人生の一部として統合し、より豊かで統合された自己として生きるための架け橋として活用する——これこそが、ヴァン・デア・コーク博士が示した真の回復への道筋なのです。

現在もなお世界中で研究が続けられているこれらの治療法は、適切な専門家の指導の下で実践されることで、誰もが本来持っている治癒力を取り戻し、トラウマを抱えながらも希望に満ちた人生を歩むことを可能にしています。身体の記憶と向き合う新たな時代は、まさに今、始まっているのです。

van der Kolk, B. A. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Viking. https://amzn.to/4jXYaM1

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
Yusuke

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、現在はオレゴン州認定プログラムInnerTrekにてサイケデリック・ファシリテーターの養成講座を受講中(2025年資格取得予定)。

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