カナダのCybin社による大規模臨床試験が欧州で開始|シロシビン治療の新展開

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カナダのCybin社が2025年8月、シロシビン誘導体による大規模国際臨床試験の欧州承認を取得し、精神医療界に新たな希望をもたらしています。本記事では、従来の抗うつ薬で効果が得られない治療抵抗性うつ病患者に対する革新的なサイケデリック療法の実用化について詳しく紹介します。

欧州承認が意味するサイケデリック医療の転換点

2025年8月7日、カナダのCybin社が発表した欧州臨床試験承認は、サイケデリック医療が研究段階から実用段階へと移行する重要な節目となりました。同社が開発するCYB003(重水素化シロシビン誘導体)による大規模国際試験「EMBRACE」が、アイルランド、ポーランド、ギリシャで開始されることが決定したのです。

シロシビン治療の臨床応用において、これまでの研究は主に小規模な研究に留まっていました。しかし、今回の330名規模の多国間試験は、規制当局による本格的な承認審査を見据えた基軸臨床試験としての意味を持ちます。特に注目すべきは、米国食品医薬品局から画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)指定を受けたCYB003が、ヨーロッパでも同様の期待を集めていることです。

Cybin社のアプローチで特筆すべきは、天然シロシビンの課題を解決する合成技術です。

重水素化により薬物動態の予測可能性を高め、医療用途に適した安全性を実現しています。これにより、従来のサイケデリック研究で課題となっていた「体験の一貫性」と「医療標準化」の両立が可能になったとされています。

CYB003の革新性:間欠投与による持続的寛解

従来の精神薬理学的アプローチとCYB003が根本的に異なるのは、その投与期間にあります。既存のうつ病治療薬である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)が継続的な投与と神経伝達物質調節を前提とするのに対し、CYB003は3週間間隔での2回投与により、12ヶ月間の持続的効果を実現するとしています。

この画期的な持続性の背景にあるのは、シロシビンが脳ネットワークに与える構造的可塑性です。シロシビンを用いたサイケデリック療法では、セロトニン2A受容体を介した急性効果が、長期的な神経回路の再構築を促進し、うつ病の病態生理学的基盤そのものを修正すると考えられています。これは従来の「症状管理」から「根本的治癒」への治療概念の転換を意味します。

さらに、CYB003の重水素化技術は、天然シロシビンの薬物動態変動を解決する重要な技術革新とされています。重水素原子の導入により代謝安定性が向上し、血中濃度の予測可能性が大幅に改善されています。この技術的優位性により、臨床現場での標準化された治療手順の確立が可能になったとしています。

治療抵抗性うつ病における前例のない治療成績

CYB003の第2相試験で得られた臨床データは、精神医学の治療パラダイムを根本的に見直すものでした。

具体的には、治療抵抗性うつ病患者に対する16mg投与群では、12ヶ月後の寛解率71%、治療反応率100%という結果が得られています。

この数値の革新性は、従来治療との比較分析で明確になります。治療抵抗性うつ病の標準的な寛解率20-30%と比較して、CYB003は約2.5倍の治療効果を示しており、これは精神薬理学分野における治療概念の根本的転換と呼ぶに相応しいかもしれません。

さらに注目すべきは迅速な効果発現です。従来の抗うつ薬が治療効果発現まで4-8週間を要するのに対し、CYB003では投与後数日から改善が認められます。第2相試験の3週間後評価では、うつ病評価尺度において12mg群でプラセボとの差が14.1ポイント(効果量=2.31)、16mg群で13.0ポイント(効果量=2.54)という大きな効果サイズが確認されています。

この劇的な効果は、シロシビンがデフォルト・モード・ネットワークの過活動を抑制し、硬直化した認知パターンの解消を通じて治療効果を発揮するメカニズムと一致しています。

EMBRACE試験:厳密な多国間基軸臨床試験の設計

今回承認されたEMBRACE試験は、PARADIGMプログラムの第二段階として位置づけられる多国間第3相臨床試験です。330名の中等度から重度大うつ病患者を対象とし、既存抗うつ薬で十分な反応が得られない治療抵抗性症例に焦点を当てています。

試験設計は無作為化二重盲検プラセボ対照試験として厳密に構成されており、参加者は1:1:1の比率でCYB003 16mg群、8mg群、プラセボ群に無作為割り付けされます。主要評価項目は初回投与から6週間後のうつ病評価尺度総スコアのベースラインからの変化量であり、この設定は薬事承認申請に必要な確固たる根拠の獲得を目的としています。

サイケデリック研究の最大の課題:機能的盲検解除

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特に注目すべきは、この研究が「機能的盲検解除」と呼ばれる、方法論上の課題に正面から取り組んでいることです。機能的盲検解除とは、サイケデリック物質の顕著な精神作用により、参加者や研究者が実薬か偽薬かを容易に識別できてしまう現象を指します。そのため、現在様々な試験方法が検討されています。

この問題は、2024年のFDAによる、MDMA支援療法承認審査で大きな議論となりました。

PTSD治療におけるMDMA臨床試験では、参加者の90%以上が自分が実薬群にいることを正確に推測できたとの報告があり、治療効果が薬理学的作用なのか、それとも「治療を受けている」という期待効果なのかの判別が困難になったのです。FDA諮問委員会では、この機能的盲検解除が治療効果の過大評価につながった可能性が指摘され、最終的に承認が見送られる一因となりました。

EMBRACE試験では、この教訓を踏まえた革新的な対策が講じられています。遠隔独立盲検評価者の使用により、投与セッションに関与しない専門家が症状評価を行います。また、投与セッション中の隔壁効果報告システムにより、急性効果の情報が症状評価者に伝わることを防ぎます。さらに、期待バイアスを上回る長期有効性評価(最長1年間の追跡)により、一時的な期待効果と真の治療効果を区別する設計になっているとのことです。

こうして、ヨーロッパ4カ国での同時展開により、多様な患者集団での一般化可能性を確保し、将来的な国際薬事承認の基盤を構築しています。

日本におけるサイケデリック医療の展望

世界的なサイケデリック医療の発展において、日本の立場は複雑な様相を呈しています。2023年のオーストラリアにおける世界初のシロシビン医療合法化、米国各州での娯楽目的使用の段階的解禁という流れの中で、日本は依然として慎重なアプローチを維持しています。

しかし、2025年の大塚製薬と慶應義塾大学による共同研究開始は、日本の精神医学界におけるサイケデリック研究への本格的な取り組みを示すものです。この産学連携は、日本独自の規制枠組みに適合した治療手順の開発を目指しており、将来的な治療応用への道筋を示しているように思えます。

日本の参入が重要な意味を持つのは、厳格な臨床研究基盤と厳密な安全性評価システムにあるでしょう。これらの能力は、サイケデリック医療の国際的な標準化と品質向上に重要な貢献をもたらす可能性があると考えられます。

まとめ:精神医療の新たな地平

EMBRACE研究の欧州承認は、サイケデリック療法が実験段階から臨床実装段階への移行を象徴する重要な節目です。CYB003が示す間欠投与による持続的寛解という治療モデルは、従来の薬を飲み続けるといううつ病治療からのパラダイムシフトと言って良いかもしれません。

ここで重要なのは、この変化が単なる新薬の登場ではなく、精神医学における治療哲学の根本的な再考を促していることです。Compass Pathwayの治療抵抗性うつ病に対する臨床試験も含め、サイケデリック療法による「症状の管理」から「根本的な治癒」への概念転換は、患者の生活の質向上だけでなく、医療経済学的な観点からも革新的な意味を持ちます。

2026年に予定されるEMBRACE研究の結果発表は、世界3億人以上のうつ病患者にとって転換点となる可能性があります。エビデンスの蓄積と薬事承認の進展により、精神医療における新たな標準治療の確立に注目したいです。

Cybin receives European approval for EMBRACE, a multinational phase 3 study evaluating CYB003 for the adjunctive treatment of major depressive disorder. (n.d.). https://ir.cybin.com/investors/news/news-details/2025/Cybin-Receives-European-Approval-for-EMBRACE-a-Multinational-Phase-3-Study-Evaluating-CYB003-for-the-Adjunctive-Treatment-of-Major-Depressive-Disorder/default.aspx

Cybin Inc. (2025, August). Corporate presentation [PDF]. https://s28.q4cdn.com/259445127/files/doc_financials/2026/q1/CYBN-Corporate-Deck-August-2025.pdf

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
Yusuke

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、現在はオレゴン州認定プログラムInnerTrekにてサイケデリック・ファシリテーターの養成講座を受講中(2025年資格取得予定)。

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