DMT研究の最新成果|脳の構造と機能を再編成する仕組みが判明

研究

サイケデリック物質が意識や認知にどのような影響を与えるのか、その神秘のベールが科学的に解き明かされつつあります。本記事では、DMT(N,N-ジメチルトリプタミン)が脳のネットワーク構造をどのように変化させ、主観的体験と神経活動がリアルタイムで連動する驚くべき研究成果を紹介します。

DMT研究の画期的発見:脳の構造と機能の関係が明らかに

オックスフォード大学とインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームが、DMTが脳に与える影響について画期的な発見を報告しました。この研究では、「コネクトーム・ハーモニクス」という革新的な分析手法を用いて、DMT投与時の脳活動を詳細に解析しています。

最も重要な発見は、DMTが脳の低周波ハーモニクスを抑制し、高周波ハーモニクスを増加させることです。これは、脳の大規模なネットワーク構造への依存度が減少し、より局所的で細かい神経活動パターンが優勢になることを意味します。さらに、この神経活動の変化が、参加者が報告する主観的体験の強度と時間的に密接に連動していることも明らかになりました。

この研究は、サイケデリック物質が意識状態をどのように変化させるのかという根本的な問いに、神経科学的な答えを提供する重要な一歩となっています。

DMTとは何か:5分で理解する基本知識

DMTは自然界に存在するサイケデリック物質で、特定の植物や動物、さらには人間の体内にも微量ながら存在しています。南米のアヤワスカという儀式的飲料の主要成分としても知られており、古くから精神的・宗教的な文脈で使用されてきました。

DMTの特性と作用時間

DMTの最大の特徴は、その作用時間の短さにあります。静脈内投与の場合、効果は急速に現れ、わずか8分程度で消失します。この特性は科学研究において非常に有利で、参加者が体験の強度を時間経過とともに評価することを可能にします。

一方、LSDやシロシビンといった他のサイケデリック物質は、効果の開始が緩やかで、数時間持続します。DMTの短い作用時間により、研究者は神経活動の変化と主観的体験の関係を、これまでにない時間解像度で追跡できるようになりました。

他のサイケデリックとの違い

DMTは化学的にはセロトニン系サイケデリックに分類され、脳内のセロトニン受容体、特に5-HT2A受容体に作用します。この点では、シロシビンやLSDと共通していますが、作用時間の短さと体験の強烈さにおいて独特の位置を占めています。多くの使用者が、DMTの体験を「他のどのサイケデリックよりも強烈で、しばしば言葉では表現できない」と報告しています。

コネクトーム・ハーモニクスという革新的な分析手法

今回の研究の核心となるのが、「コネクトーム・ハーモニクス分解」という先進的な分析手法です。この手法を理解するには、まず脳のコネクトームについて知る必要があります。

脳のネットワーク構造を可視化する技術

コネクトームとは、脳内の神経細胞同士がどのように結合しているかを示す、いわば脳の配線図です。白質と呼ばれる神経線維が、異なる脳領域を結び付けるネットワークを形成しています。研究チームは、ヒューマン・コネクトーム・プロジェクトのデータを用いて、このネットワーク構造を詳細にマッピングしました。

コネクトーム・ハーモニクスは、この構造的なネットワーク上で展開される脳活動を、異なる空間周波数成分に分解する手法です。これは、音楽を異なる音階に分解するフーリエ変換に似ています。時間領域の信号を周波数領域に変換するフーリエ変換と同様に、コネクトーム・ハーモニクスは空間領域の脳活動を「コネクトーム周波数」の領域に変換します。

低周波と高周波のハーモニクスの意味

低周波のコネクトーム・ハーモニクスは、脳の大規模なネットワーク構造に沿った、広範囲にわたる協調的な活動パターンを表します。これは、オーケストラ全体が同じリズムで演奏している状態に例えられます。

一方、高周波のハーモニクスは、より局所的で細かい活動パターンを表し、構造的な結合から独立した機能を示唆します。これは、オーケストラの各セクションが独自の旋律を奏でている状態に似ています。通常の意識状態では低周波ハーモニクスが優勢ですが、サイケデリック状態では高周波ハーモニクスの貢献が増加します。

DMTが脳に与える具体的な変化

研究チームは、17名の参加者を対象に、DMTとプラセボ(偽薬)を投与する二重盲検試験を実施しました。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて脳活動を記録し、コネクトーム・ハーモニクス分解を適用した結果、明確なパターンが浮かび上がりました。

低周波ハーモニクスの抑制と高周波ハーモニクスの増加

DMT投与後、低周波のコネクトーム・ハーモニクス(周波数インデックス1~102)において、統計的に有意なエネルギーの減少が観察されました。これは、脳の大規模構造ネットワークへの依存度が低下していることを示しています。

逆に、高周波のハーモニクス(周波数インデックス103~104)では、エネルギーの顕著な増加が見られました。この変化は、脳活動がより局所的で多様なパターンを示すようになったことを意味します。重要なのは、プラセボ条件ではこのような変化が観察されなかったことで、これがDMT特有の効果であることが確認されました。

エントロピーの増加が意味すること

研究のもう一つの重要な発見は、コネクトーム・ハーモニクスのレパートリーエントロピーの増加です。エントロピーとは、システムの多様性や無秩序さを表す指標です。高いエントロピーは、脳が多様な活動パターンを展開していることを意味します。

DMT投与後、参加者の脳は、プラセボ条件と比較して有意に高いレパートリーエントロピーを示しました。これは、「エントロピック・ブレイン仮説」と呼ばれる理論を支持する結果です。この仮説では、サイケデリック状態における主観的体験の豊かさは、脳活動の多様性(エントロピー)の増加によって説明できると提唱されています。

主観的体験と脳活動の驚くべき相関関係

この研究で最も革新的な側面は、時間分解能を活かした分析です。DMTの作用時間の短さを利用して、研究チームは参加者に1分ごとに体験の強度を評価してもらい、それを同時刻の脳活動データと照合しました。

結果は驚くべきものでした。参加者の半数において、レパートリーエントロピーの時間変化と主観的強度評価の間に有意な相関が見られました。グループレベルの統計解析では、この相関は偶然では説明できないほど強いものでした(p値=0.00002)。

さらに、エネルギースペクトル差(低周波から高周波への移行の程度)も、主観的体験の強度と時間的に連動していました(p値=0.013)。これは、神経活動の客観的な変化と、参加者が報告する主観的体験の質が、時々刻々と密接に関連していることを示す画期的な証拠です。

この研究が持つ臨床的意義と今後の展望

この研究は、基礎神経科学における重要な発見であるだけでなく、臨床応用への道も開きます。

近年、うつ病、PTSD、依存症などの治療において、サイケデリック療法が注目を集めています。しかし、なぜサイケデリックが治療効果を持つのか、その神経メカニズムは十分に理解されていませんでした。

コネクトーム・ハーモニクスの変化が主観的体験と密接に連動しているという発見は、治療効果の予測や最適化に役立つ可能性があります。例えば、治療セッション中の脳活動をモニタリングすることで、患者が治療的に重要な体験をしているかをリアルタイムで評価できるかもしれません。

また、この研究手法は他の意識状態の研究にも応用できます。瞑想、催眠、夢などの状態における脳の構造と機能の関係を解明することで、意識という人類最大の謎の一つに迫ることができるでしょう。

今後の課題としては、より大規模な参加者グループでの検証、長期的な効果の追跡、個人差を説明する要因の特定などが挙げられます。また、DMT以外のサイケデリック物質についても、同様の時間分解能での研究が期待されます。

まとめ:DMT研究が開く意識の科学の新時代

この研究は、サイケデリック神経科学における重要なマイルストーンです。コネクトーム・ハーモニクスという革新的な手法を用いることで、DMTが脳の構造と機能の関係をどのように再編成するかが、前例のない詳細さで明らかになりました。

低周波ハーモニクスから高周波ハーモニクスへのシフト、レパートリーエントロピーの増加、そして神経活動と主観的体験の時間的連動という三つの主要な発見は、サイケデリック物質が意識状態を変化させる基本原理を理解する上で不可欠な知見です。

さらに、DMTのシグネチャーが他のサイケデリック物質と共通していることは、これらの物質が意識に作用する共通のメカニズムを持つことを示唆しています。同時に、意識低下状態とは正反対のパターンを示すことで、サイケデリック体験が意識の拡張であることが神経科学的に裏付けられました。

サイケデリック研究は、かつてタブー視されていた領域から、現代神経科学の最前線へと躍進しています。意識、知覚、自己認識といった人間の本質に関わる問いに対して、サイケデリックは独特の窓を提供してくれます。この研究が示したように、適切な科学的手法と倫理的配慮のもとでサイケデリックを研究することで、私たちは人間の心と脳についてより深い理解を得ることができるのです。

Vohryzek, J., Luppi, A. I., Atasoy, S., Deco, G., Carhart-Harris, R. L., Timmermann, C., & Kringelbach, M. L. (2025). N,N-dimethyltryptamine effects on connectome harmonics, subjective experience and comparative psychedelic experiences. Neuropsychopharmacology : official publication of the American College of Neuropsychopharmacology, 10.1038/s41386-025-02190-4. Advance online publication. https://doi.org/10.1038/s41386-025-02190-4

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
Yusuke

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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