カナダで開発され、すでに750人以上の治療実績を持つグループベースのケタミン補助療法が、従来の精神医療に新しい視点をもたらしています。本記事では、西洋医学と先住民の知恵を統合した革新的な治療モデル「Roots to Thrive(RTT-KaT)」の特徴と治療効果、そして日本の精神医療への示唆について紹介します。
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グループベースのケタミン補助療法は高い治療効果と安全性を実現する

カナダのブリティッシュコロンビア州で開発されたRTT-KaTモデルは、12週間のプログラムを通じて、うつ病・不安・PTSDに対する顕著な改善効果を示しています。このプログラムの最も重要な特徴は、ケタミンを単独の治療手段としてではなく、コミュニティベースの包括的な治療枠組みの中で活用する点にあります。
2018年の開始以来、750人以上の参加者が2,000回以上のケタミンセッションと700回以上のコミュニティグループセッションに参加してきたとのこと。初期コホートの研究結果では、プログラム開始時に生活・仕事の機能障害を報告していた参加者の92%が、プログラム終了時に改善を示しました。また、PTSD陽性スクリーニングを示していた参加者の大多数が、12週間後には診断基準を満たさなくなったと報告されています。
安全性の面でも、128人の参加者による400回以上のケタミンセッションを分析した結果、舌下投与(100〜300mg)と筋肉内注射(0.5〜1.5mg/kg)の両方が良好な忍容性を示し、一過性で管理可能な副作用のみが確認されました。重大な有害事象は一例も報告されていません。
RTT-KaTモデルとは:12週間の包括的プログラム

RTT-KaTは、単なるケタミン投与プログラムではありません。12週間にわたる構造化されたプログラムの中で、3回のケタミンセッションを「コミュニティ・オブ・プラクティス(CoP)」と呼ばれる集団療法の枠組みに組み込んでいます。
コミュニティ・オブ・プラクティスの役割
CoPは毎週開催され、20〜40人の参加者が6〜9人の小グループに分かれて活動します。各セッションは大きく2つの部分で構成されています。
大グループセッション(30〜40分)では、地域の長老や文化的リーダーによる導入から始まり、週ごとのテーマに基づいた「Coming to Know(知ることへの到達)」というセグメントが中心となります。参加者は身体的気づきを深めるソマティック(身体感覚に基づく)調整実践を通じて、神経系の調整と個人的価値観への整合性を育みます。
小グループセッション(70〜90分)は、慈悲深い目撃者となること、身体化された存在感、そして自発的な分かち合いに焦点を当てています。小グループは12週間を通じて同じメンバーで構成され、関係性の信頼と心理的安全性の発達を支援します。各セッションは、参加者が12つの身体感覚と1~2つの感情を説明なしに共有する簡潔なチェックインとチェックアウトで始まり終わります。
ケタミンセッションの位置づけ
プログラム全体の中で、ケタミンは「増幅器」として機能し、主要な変化の推進力ではないという点が重要です。3回のケタミンセッションは通常、プログラムの4~6週目の間に開始され、12週間全体に分散配置されます。
各ケタミンセッションは儀式的なグループ環境で実施され、一貫した構造に従います。参加者は円形に配置された低刺激の部屋で、薄暗い照明、柔らかい家具、毛布などに囲まれます。アイマスク、重い毛布、追加の枕、そしてノイズキャンセリングヘッドセットが提供され、厳選された音楽がセッション全体を通じて流れます。
医師による事前相談では、投与量の確認、医学的準備状況の確認、そして重要な点として、参加者のタッチに関する好みと境界線について、意図的でトラウマインフォームドなプロセスを用いて確認します。これにより、インフォームドコンセント、信頼、主体性が強化されます。
文化的配慮とレジリエンス重視のアプローチ

西洋医学と先住民の知恵の統合
RTT-KaTモデルの独自性は、西洋の臨床フレームワークと先住民の知識体系を意図的に統合している点にあります。このアプローチは、心理学者カール・ロジャースの「一致」と「無条件の肯定的配慮」の原則、そしてアーロン・アントノフスキーの「首尾一貫感覚」の概念に基づいています。
プログラムには先住民の長老や伝統的知識の保持者が関与し、儀式的な枠組み、集団的な目撃、そして相互関係性、互恵性、関係的責任に根ざした教えが組み込まれています。約10%の参加者が先住民として自己認識しており、彼らのフィードバックは文化的に応答性の高い枠組みの発展に直接貢献しました。
ケタミンは儀式的な意図を持って導入され、参加者とこの薬物との関係が癒しの味方として強調されます。地域の長老からの教えに沿って、この方法は意図設定の役割とケタミンを治療的エージェントおよび味方として尊重することを強調しています。
トラウマインフォームドケアの実践
プログラム全体がトラウマインフォームドな原則に基づいて設計されています。身体的感覚に基づく実践、関係性重視のアプローチ、そして文化的応答性が三本柱となっています。
マニュアル化された心理療法アプローチ(認知行動療法やアクセプタンス&コミットメント・セラピーなど)を採用するのではなく、RTT-KaTは共有された意図と関係的安全性の合意が、真正性、脆弱性、身体的気づき、安全な愛着を生み出す条件を作り出すコミュニティ・オブ・プラクティスの中に癒しを位置づけています。
治療的変化は、共調整、慈悲深い目撃、そして個人的・集団的意味への接続を通じて現れます。毎週のグループセッションは、一致性、首尾一貫感覚、そしてトラウマインフォームドな自己リーダーシップを育むことで、心理的レジリエンスを促進します。
実際の成果と安全性プロファイル

プログラムの効果は、標準化された心理測定ツールによって評価されています。参加者は、プログラムの開始時と終了時に、全般性不安障害尺度(GAD-7)、患者健康質問票(PHQ-9)、PTSD チェックリスト(PCL-5)、そして心理社会的機能の簡易評価(B-IPF)を完了します。
128人の参加者と400回以上のケタミンセッションを含む安全性と忍容性の分析では、舌下投与(100〜300mg)と筋肉内注射(0.5〜1.5mg/kg)の両経路が良好な忍容性を示し、一過性で管理可能な副作用のみが観察されました。すべてのRTT-KaTコホートを通じて、重大な有害事象は報告されていません。
セッション当日は、緊急連絡先番号の収集、ベースラインのバイタルサインと体重測定、準備状況を確認し投与量を最終決定するための簡潔なプライベート医学チェックイン、そしてセッション後の安全シートの配布という構造化された記録が使用されます。セッション前の血圧は150/90mmHg未満でなければならず、バイタルサインはケタミン投与の前後に監視されます。
まとめ:グループベースのケタミン療法が拓く新しい可能性
RTT-KaTモデルは、サイケデリック療法における重要なパラダイムシフトを示しています。従来の個人療法中心のアプローチから、コミュニティベースの包括的なケアモデルへの転換です。このモデルの核心は、ケタミンを変化の主要な推進力としてではなく、より大きな治療的枠組みを増幅する触媒として位置づけている点にあります。
12週間にわたる構造化されたプログラムは、関係性の安全性、身体的調整、感情処理、価値観との整合性、そしてコミュニティとのつながりという複数の形態の「薬」を組み込んでいます。儀式、音楽、身体化された実践がプログラム全体に織り込まれ、心理的安全性を育み、洞察を深め、変容的な体験を支援します。
プログラムは継続的な質改善プロセスを通じて進化し続けており、参加者のフィードバック、多職種チームの振り返り、そして変化する規制基準に応答してテンプレートと実践が定期的に更新されています。この柔軟で反復的なアプローチにより、文脈に応じた適応が可能となり、多様な集団における倫理的応答性が促進されます。
日本の精神医療においても、このようなコミュニティベースのアプローチは、孤立しがちな精神疾患患者に対する新しい治療選択肢となる可能性を秘めています。西洋医学と伝統的知識を統合するRTT-KaTの姿勢は、日本の文化的文脈に適応させる上でも示唆に富むモデルといえるかもしれません。
Dames, S., Kryskow, P., Tsang, V. W. L., & Argento, E. (2025). A clinical protocol for group-based ketamine-assisted therapy in a community of practice: the Roots To Thrive model. Frontiers in psychiatry, 16, 1568017. https://doi.org/10.3389/fpsyt.2025.1568017
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。


