精神疾患を超えたサイケデリック療法?|神経疾患・炎症治療への応用

治療

サイケデリック療法の研究が新たな局面を迎えています。うつ病やPTSDなど精神疾患の治療に注目されてきたシロシビンやLSDが、パーキンソン病や群発頭痛などの神経疾患、さらには喘息などの炎症性疾患の治療にも有効である可能性が明らかになってきました。本記事では、サイケデリック療法の最新研究と、精神疾患を超えた幅広い治療応用について紹介します。

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サイケデリック療法が精神疾患の枠を超える理由

サイケデリック療法は、これまで主にうつ病、不安障害、PTSDなどの精神疾患治療に焦点が当てられてきました。しかし2024年から2025年にかけて発表された最新研究により、その治療範囲が大きく広がる可能性が示されています。

この展開の鍵となるのが、サイケデリック物質が作用する5-HT2A受容体という分子です。この受容体は脳内だけでなく、免疫細胞や体内のほぼすべての組織に存在しています。これは例えるなら、脳という「本社」だけでなく、体中の「支店」にも同じ通信システムが設置されているようなものです。そのため、シロシビンやLSDなどのサイケデリック物質は、脳以外の組織にも影響を与えることができるのです。

実際、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)が2025年7月に発表した研究では、パーキンソン病患者12名を対象にシロシビン療法を実施し、運動症状と非運動症状の両方で顕著な改善が見られました。また、イェール大学医学部のエマニュエル・シンドラー准教授らによる群発頭痛の臨床試験では、シロシビンの反復投与により発作頻度が50%減少したことが報告されています。

免疫細胞への作用:炎症性疾患への新たな可能性

5-HT2A受容体と抗炎症作用のメカニズム

バーミンガム大学のニコラス・バーンズ教授らの研究グループは、2025年7月に『British Journal of Pharmacology』誌で重要な発見を発表しました。通常、セロトニンが5-HT2A受容体に結合すると炎症を促進する作用があります。これは、炎症部位でのサイトカイン産生増加、好酸球の動員、T細胞の活性化、肥満細胞の脱顆粒などを引き起こします。

ところが、同じ5-HT2A受容体に作用するサイケデリック物質の一部は、逆に強力な抗炎症作用を示すことが分かってきました。これは一見矛盾しているように思えますが、実際には受容体への結合の仕方や、その後の細胞内シグナル伝達経路が異なることで説明されます。例えば、同じ鍵穴(受容体)に鍵を差し込んでも、右に回すか左に回すかで開く扉が違うようなものです。

前臨床試験では、サイケデリック物質が喘息などの炎症性疾患の動物モデルで炎症を抑制することが実証されています。また、シロシビンを用いた臨床試験でも、血中サイトカインレベルの変化が観察されており、動物実験の結果が人間にも当てはまる可能性が示唆されています。

PIPI:幻覚作用のない次世代サイケデリック

バーンズ教授らは、サイケデリック物質の抗炎症作用と幻覚作用が、生物学的に異なるメカニズムによって引き起こされる可能性を指摘しています。これは革新的な発見です。なぜなら、幻覚作用を起こさずに治療効果だけを得られる薬剤を開発できる可能性があるからです。

このコンセプトに基づいて提唱されたのが「PIPI」(Psychedelic-drug Informed but Psychedelic-experience Inactive)と呼ばれる新世代の薬剤です。これは「サイケデリックの知見に基づくが、サイケデリック体験は引き起こさない」という意味で、日常的な医療環境での使用を可能にする画期的なアプローチとなります。

バーンズ教授は、PIPIが特にうつ病や統合失調症の中でも炎症メカニズムによって引き起こされているサブグループの患者に有効である可能性を示唆しています。また、治療抵抗性の疾患を持つ患者にとって特に有用な選択肢になり得ると述べています。ただし、従来のサイケデリック療法とは一線を介する別のものであるという認識が正しいかと思われます。

神経疾患治療への応用が進む背景

パーキンソン病での革新的な研究成果

UCSFのエレン・ブラッドリー医師らが実施したパーキンソン病患者を対象とした初のシロシビン療法パイロット試験は、神経変性疾患への応用において画期的な成果を示しました。この研究では、軽度から中等度のパーキンソン病を持ち、うつ病や不安障害を併発している12名の患者(平均年齢63.2歳、女性5名)が参加しました。

参加者は2回のシロシビン投与(10mgと25mg)を受け、各セッションでは心理療法的サポートが提供されました。結果は予想以上に良好で、重篤な有害事象は一切発生せず、医学的介入を必要とする副作用もありませんでした。また、精神症状の悪化も見られませんでした。

最も注目すべきは、パーキンソン病の症状悪化が全く見られなかっただけでなく、むしろ改善が観察されたことです。運動障害統一評価尺度(MDS-UPDRS)の非運動症状スコアは13.8点改善し、運動症状も7.5点改善しました。さらに、認知機能テストでも向上が見られ、うつ病と不安症状の改善効果は3ヶ月後まで持続していました。

この研究が重要なのは、パーキンソン病のようなドーパミン系の障害にセロトニン系薬物が効果を示した点です。実際、パーキンソン病患者の脳内ではセロトニン系にも変化が生じており、シロシビンがこのシステムに作用することで多面的な治療効果をもたらす可能性があります。

頭痛疾患での実績:群発頭痛と片頭痛

イェール大学医学部のシンドラー准教授は、サイケデリック療法と頭痛疾患の研究における世界的なパイオニアです。彼女が指摘する興味深い点は、シロシビン、LSD、DMTといったサイケデリック物質の化学構造と薬理学的特性が、既存の承認された頭痛治療薬と「ほぼ同一」であるという事実です。

群発頭痛は「自殺頭痛」とも呼ばれ、出産や腎結石よりも激しい痛みを伴うとされています。この頭痛は1日に複数回、何年も継続的に発生することがあり、患者の生活の質を著しく低下させます。シンドラー准教授らの研究では、1990年代から患者が偶然に発見した効果を基に、科学的な臨床試験を実施しました。

2024年に発表された研究では、シロシビンのパルス投与法(10mg/70kgを3回、各5日間隔)を6ヶ月後に繰り返すことで、群発頭痛の発作頻度が50%減少することが示されました。興味深いことに、この効果は幻覚体験の強さとは直接関連していなかったとのこと。これは、精神科領域でのサイケデリック研究とは対照的な結果です。

片頭痛に関しても、シンドラー准教授らは探索的な臨床試験を実施しており、有望な初期シグナルが得られています。ただし、彼女は頭痛疾患に最適な用量と治療プロトコルは、精神疾患の治療とは大きく異なる可能性があると強調しています。実際、頭痛疾患では幻覚作用を引き起こさない低用量でも効果が得られることが多く、これは外来での処方をより現実的なものにする可能性があります。

非幻覚性サイケデリックが開く新しい未来

幻覚作用がないサイケデリック類似物質の開発は、この分野の将来にとって極めて重要です。シンドラー准教授が指摘するように、サイケデリック物質の幻覚作用は臨床現場において大きな課題となります。なぜなら、これらの薬剤は管理された環境下で投与する必要があり、医療スタッフによる継続的なモニタリングが必要になるからです。

非幻覚性のサイケデリック類似物質は、もう一つの重要な利点をもたらします。それは、臨床試験における「機能的盲検化解除」の問題を解決できることです。通常のサイケデリック試験では、参加者は自分が実薬を受けたかプラセボを受けたかを幻覚体験によって容易に判別できてしまい、これが試験結果の信頼性を損なう可能性があります。非幻覚性の化合物であれば、より厳密な二重盲検試験が可能になります。

デリックス・セラピューティクス社の開発する非幻覚性サイケデリック「DLX-001」は、すでにFDA(米国食品医薬品局)から自宅での自己投与の承認を受けており、第II相試験の開始準備が進んでいます。これは、サイケデリック療法の実用化に向けた大きな一歩となります。

一方で、第一世代の幻覚作用を持つサイケデリック療法も、近い将来の承認が期待されています。Compass Pathways社の独自シロシビン製剤「COMP360」は、治療抵抗性うつ病の第III相試験で主要評価項目を達成しており、2026年後半には2番目の試験結果が発表される予定です。また、AtaiBeckley社のメブフォテニン安息香酸塩経鼻スプレーもFDAからブレークスルーセラピーに指定され、2026年前半に第III相試験に入る予定です。

実用化に向けた課題と展望

ジョンズ・ホプキンス大学サイケデリック・意識研究センターの副所長であるアルベルト・ガルシア・ロメウ氏は、サイケデリック療法の市場投入には克服すべき課題があると指摘しています。最も大きな障壁の一つは、これらの物質に対する偏見やタブーです。患者がこれらの治療を受け入れる準備ができているか、また医師が処方に前向きであるかは、まだ不明確です。

また、幻覚作用を伴うサイケデリック療法の場合、心理療法やカウンセリング、少なくとも監督下での薬剤投与が必要となります。このような投与体制を大規模に展開するための医療インフラは、現時点では十分に整っていません。これは、サイケデリック療法の普及において重要な実務的課題となります。

規制当局の理解も課題の一つです。ガルシア・ロメウ氏は、多くの規制機関がサイケデリック物質を効果的に評価する経験を持っていないと指摘しています。特に、サイケデリック療法が心理療法と組み合わせて使用される場合、どの効果が薬理学的なものでどれが心理療法によるものかを区別することが困難になります。

しかし、希望的な兆候もあります。FDAが複数のサイケデリック療法にブレークスルーセラピーの指定を与えていることは、規制当局がこの分野の可能性を認識している証拠です。また、ジョンソン・エンド・ジョンソン社がエスケタミン(商品名:スプラバート)を治療抵抗性うつ病の治療薬として商業化したことは、サイケデリック関連薬剤に対する規制当局の受容性が高まっていることを示しています。

まとめ:サイケデリック療法の多様な可能性と今後の展望

サイケデリック療法は、精神疾患治療の枠を超えて、神経疾患や炎症性疾患など幅広い医療分野への応用可能性を示しています。パーキンソン病における運動症状と精神症状の改善、群発頭痛の発作頻度の大幅な減少、そして炎症性疾患の動物モデルでの抗炎症効果など、2024年から2025年にかけて発表された最新研究は、この治療法の潜在力を明確に示しています。

特に注目すべきは、幻覚作用と治療効果を分離できる可能性です。PIPI薬剤の開発により、日常的な医療環境での使用が現実的になり、より多くの患者がサイケデリック由来の治療の恩恵を受けられるようになるでしょう。同時に、既存の幻覚作用を伴うサイケデリック療法も、適切な管理下で精神疾患治療の重要な選択肢となりつつあります。

課題は残されていますが、規制当局の前向きな姿勢、大手製薬会社の参入、そして着実に積み重ねられる臨床エビデンスは、サイケデリック療法が近い将来、主流医療の一部となる可能性を示しています。これは、治療抵抗性の疾患を持つ患者にとって、新たな希望の光となるでしょう。今後の大規模臨床試験の結果が待たれます。

Allen, A. K., & Allen, A. K. (2025, November 10). Psychedelics potential set to extend beyond mental health. Pharmaceutical Technology. https://www.pharmaceutical-technology.com/features/psychedelics-outside-mental-health/

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
ユウスケ

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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