カリフォルニア大学サンディエゴ校の最新研究が、7日間の集中的な瞑想・マインドボディ介入によって、脳神経ネットワークの再編成、神経可塑性の向上、代謝の再プログラミング、内因性オピオイド系の活性化という多層的な生理学的変化が起こることを明らかにしました。本記事では、この画期的な研究結果と、サイケデリック療法研究への示唆について詳しく紹介します。
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瞑想が脳と身体を変える:集中介入がもたらす多層的な生理学的変化

カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームが2025年に発表した「Neural and molecular changes during a mind-body reconceptualization, meditation, and open label placebo healing intervention」と題した研究は、瞑想を中心としたマインドボディ介入が、脳機能だけでなく血液中の分子レベルまで広範囲に影響を与えることを実証しました。この研究は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)、プロテオミクス、メタボロミクス、エクソソームRNA解析という複数の最先端技術を駆使し、意識状態の変容が身体全体に及ぼす影響を多角的に捉えた点で画期的です。
研究では、20名の健康な成人が7日間の集中プログラムに参加しました。このプログラムは、1日あたり合計33時間の瞑想、25時間の講義、5時間のヒーリング儀式で構成され、参加者は介入前後で脳スキャンと血液検査を受けました。結果として、脳のデフォルトモードネットワークやサリエンスネットワークの機能的結合が減少し、脳由来神経栄養因子(BDNF)経路の活性化、解糖系代謝の亢進、内因性オピオイドペプチドの増加など、神経可塑性と代謝調節に関わる多様な変化が観察されたのです。
この研究結果は、シロシビンやMDMAなどのサイケデリック物質を使用した療法でも報告される神経可塑性の向上と類似しており、非薬理学的アプローチでも同様の治療効果が得られる可能性を示唆しています。
マインドボディ介入の構成:3つの技法の相乗効果

研究で用いられた介入プログラムの詳細
今回の研究で実施された7日間のプログラムは、3つの異なるマインドボディ技法を組み合わせた独自の設計でした。
一つ目は瞑想で、クンダリーニ技法を中心に1日平均4〜5時間実施されました。この技法では、意識的な呼吸と身体の中心線に沿ったエネルギーセンター(眉間、喉、心臓など)への注意集中を組み合わせ、心臓中心の状態を維持しながら思考や判断を手放すことが指導されました。
二つ目は再概念化で、講義を通じて「身体の自己治癒能力」「意識が現実を形作る力」「現在中心性と神秘的体験の治癒効果」といった概念が教えられました。これは、痛みや症状に対する信念体系を意識的に書き換え、脳の予測システムの前提条件を再構築するアプローチです。
三つ目はオープンラベルプラセボ型のヒーリング儀式で、6〜8名の「ヒーラー」が1名の「治療者」を囲み、慈悲の瞑想を実践しながら相手の身体に注意を向けます。プラセボと分かっていても治療効果が得られるという近年の研究知見を活用した設計です。
3つの技法がそれぞれ異なる認知メカニズムに作用
これら3つの技法は、脳の予測処理システムの異なる部分に働きかけます。
例えば、再概念化は意識的・言説的・意志的に中核的信念を変更し、瞑想は意志的でありながら非言説的に意識を変容させ、オープンラベルプラセボは意識的認識がありながらも無意識的に作用します。研究チームは、これらの技法が相乗的に働くことで、より柔軟で適応的な予測システムを促進し、参加者が報告する「個人的変容」と下流の神経可塑性・分子変化を引き起こすと考えています。
脳ネットワークの再編成:DMNとSNの変化

機能的結合性の減少が示す意識状態の変容
fMRI解析により、瞑想中は安静時と比較して、デフォルトモードネットワーク(DMN)とサリエンスネットワーク(SN)の内部結合性が有意に減少することが明らかになりました。
デフォルトモードネットワークは、自己言及的思考や心のさまよい(マインドワンダリング)に関与する脳領域のネットワークで、通常は休息時に活発になります。このネットワークの活動が抑制されることは、「自己」という予測から解放された純粋な気づきの状態を反映していると考えられます。
サリエンスネットワークは、内外の刺激の重要性を評価し、注意を向ける対象を決定する役割を担います。介入前後の両方で、瞑想中にこのネットワークの結合性が減少したことは、通常の刺激の顕著性評価プロセスが一時的に停止し、判断を伴わない観察状態に入ったことを示唆しています。
さらに興味深いことに、小脳と前頭前野の結合性も瞑想中に減少したとのこと。小脳は予測処理において重要な役割を果たす領域で、この結合性の減少は、自己言及的・評価的処理の抑制と、集中的な内受容感覚(身体内部感覚)への気づきと一致しています。
全脳ネットワークのモジュラリティ低下と情報効率の向上
全脳レベルの解析では、瞑想が脳のモジュラリティ(ネットワークが明確に区分された独立したコミュニティに分割される程度)を減少させることが示されました。同時に、グローバル効率性(脳全体における情報伝達の効率性)は増加しました。これは、瞑想によって脳がより統合された状態になり、異なる機能領域間の情報交換がスムーズになることを意味します。
この発見は、神秘的体験を伴う意識状態では脳のネットワーク統合が高まるという先行研究と一致しています。実際、介入後に参加者の神秘体験質問票(MEQ)スコアが有意に上昇したことから、瞑想の深まりとともに脳の機能的統合が進んだのだと考えられます。
神経可塑性の向上:BDNF経路の活性化と神経突起成長の促進

血漿が神経細胞の成長を促進
研究チームは、介入の神経可塑性への影響を調べるため、培養神経細胞に参加者の血漿を添加する実験を行いました。その結果、介入後の血漿で処理された細胞は、介入前の血漿で処理された細胞と比較して、有意に長い神経突起(ニューライト)を伸ばしました。この効果は処理開始4日目から現れ、実験終了まで持続したと言います。
神経突起は、神経細胞が他の細胞と結合するために伸ばす突起で、その成長は学習や記憶、脳の可塑的変化に不可欠です。介入後の血漿にこのような効果があるということは、瞑想によって血液中に神経成長を促進する何らかの因子が増加したことを示しています。
BDNF経路の活性化:神経可塑性の分子基盤
プロテオミクス解析により、介入後の血漿ではBDNF(脳由来神経栄養因子)経路に関連する26種類のタンパク質の発現パターンが有意に上方調節されていることが明らかになりました。BDNF自体の変化は有意ではなかったものの、SLITRK1(グルタミン酸作動性の神経突起成長を促進するタンパク質)とNGFR(神経成長因子受容体)が有意に増加していました。
この発見は、シロシビンなどのクラシック・サイケデリックが引き起こす効果と類似しています。複数の研究が、サイケデリック物質の治療効果の一部はBDNF経路を介した神経可塑性の向上によるものだと報告しており、瞑想が薬理学的介入と同様のメカニズムで脳の構造的・機能的変化を促進する可能性が示唆されます。
興味深いことに、経験豊富な瞑想実践者は、ベースライン時点で右上頭頂小葉の灰白質体積が大きいことも分かりました。この領域は空間認識や身体表現に関連しており、長期的な瞑想実践が構造的な脳変化をもたらすことを裏付けています。
エネルギー代謝の再プログラミング:解糖系シフトの意義

細胞のエネルギー産生様式が変化
さらに、、一連の介入が細胞代謝に与える影響を調べるため、研究チームは神経芽腫細胞株を参加者の血漿で処理し、シーホース解析という手法でリアルタイムの代謝活動を測定しました。その結果、介入後の血漿で処理された細胞は、介入前の血漿で処理された細胞と比較して、基礎的な解糖速度が有意に高く、ミトコンドリア呼吸速度は低いことが明らかになりました。
解糖系は、グルコースを素早く分解してエネルギーを生み出す代謝経路です。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化と比較して効率は低いものの、応答速度が速いという特徴があります。瞑想によってこの経路が亢進したことは、脳が現在中心の感覚駆動型の状態を維持するために、より動的なエネルギープロファイルを必要としたことを示唆しています。
解糖系関連タンパク質の上方調節
プロテオミクス解析でも、解糖系に関与する19種類のタンパク質の発現レベルが有意に上昇していました。特にENO2(ニューロン特異的エノラーゼ2)とLDHA(乳酸デヒドロゲナーゼA)の増加が顕著でした。ENO2は解糖系の後半段階で働く酵素で、LDHA は嫌気的解糖において最終産物の乳酸を生成します。
チベット仏教僧を対象とした先行研究でも同様の解糖系亢進が報告されており、それは心保護的な血漿プロテオームプロファイル、酸素放出の改善、動脈硬化の減少と関連していました。このことから、瞑想による代謝変化は、単なる一時的な現象ではなく、長期的な健康効果をもたらす可能性があります。
内因性オピオイド系の活性化:身体の自己治癒システムの目覚め

β-エンドルフィンとダイノルフィンの増加
最も注目すべき発見の一つは、介入後の血漿中で内因性オピオイドペプチドが有意に増加していたことです。ELISA法による測定では、β-エンドルフィンとダイノルフィンの両方が介入前と比較して有意に上昇していました。これらは身体が自然に産生する鎮痛物質で、モルヒネなどの外因性オピオイドと同じ受容体に結合して作用します。
プロテオミクス解析でも、内因性オピオイド経路に関連する15種類のタンパク質の発現パターンが有意に上方調節されていました。特にPENK(プロエンケファリンA、オピオイドペプチド前駆体)とPDYN(ダイノルフィンA)の増加傾向が見られました。
オープンラベルプラセボ効果のメカニズム
この内因性オピオイド系の活性化は、プラセボ効果の重要なメカニズムの一つとして知られています。驚くべきことに、プラセボ効果は偽薬だと知らされていても一定の効果を保持することが近年の研究で示されており、この研究でもオープンラベルプラセボ型のヒーリング儀式が組み込まれていました。
研究チームは、再概念化が「心が身体に影響を与える能力」についての高次の信念を変更し、それが新しい予測を生み出してエンドルフィンレベルを調節したと考察しています。再概念化が安定した信念状態を作り出すため、この効果は欺瞞に基づくプラセボよりも持続的である可能性があります。
アメリカの医師の最大50%が日常的にプラセボ薬を処方しているという調査結果もあり、自己主導的で意識的、非欺瞞的な疼痛緩和メカニズムを活性化する介入は、特に明確な身体的病因がない疼痛状態に対して大きな可能性を持っています。
炎症調節と細胞シグナリングの変化

炎症性および抗炎症性マーカーの同時上昇
プロテオミクス解析では、23種類の炎症性マーカーと21種類の抗炎症性マーカーの両方が有意に上方調節されていました。炎症性マーカーでは、S100A8(カルグラニュリンA)とCCL2(C-Cモチーフケモカイン2)が特に顕著に増加し、IL-6、S100A9、PTGS2(COX-2)も増加傾向を示しました。
同時に、TGF-β1(トランスフォーミング成長因子ベータ1)、NFKBIA(NF-κB阻害因子)、STAT6、CEBPB、SOCS3(サイトカインシグナリング抑制因子3)などの抗炎症性マーカーも有意に上昇していたとのこと。
細胞ターンオーバーと組織リモデリングの可能性
炎症性と抗炎症性の両経路が同時に活性化されるという一見矛盾した現象は、細胞ターンオーバーや組織リモデリングの過程を反映している可能性があります。S100A8とS100A9はアラーミン(内因性危険分子)として知られ、細胞損傷やストレスに応答して放出され、IL-6、IL-8、CCL2などの炎症性メディエーターの分泌を誘導します。
しかし、これらのサイトカインは文脈依存的に炎症促進的にも抗炎症的にも働きます。例えばIL-6は、急性ストレス時には炎症反応を促進しますが、運動や組織修復の場面では抗炎症性に作用することが知られています。したがって、今回観察された炎症マーカーの増加は、有害な炎症というよりも、介入によって引き起こされた適応的応答の一部として細胞ターンオーバーや修復メカニズムが活性化されたことを示している可能性があります。
トリプトファン代謝とエクソソームRNAの変化

トリプトファン代謝経路の調節
メタボロミクス解析により、53の代謝経路が影響を受けていることが明らかになり、そのうち6つが有意な変化を示しました。最も顕著だったのはトリプトファン代謝経路で、L-トリプトファン、トリプタミン、L-キヌレニン、インドール-3-酢酸、5-メトキシインドール酢酸といった上流・下流代謝物が減少していました。
トリプトファンは、セロトニン、メラトニン、キヌレニン経路など、複数の神経伝達物質や神経調節物質の前駆体です。これらの代謝物の変化は、神経伝達の調節やシナプス可塑性に影響を与える可能性があります。興味深いことに、シロシビンやLSDなどのセロトニン作動性サイケデリック物質も、トリプトファン代謝と密接に関連したメカニズムで作用します。
エクソソームRNAによる細胞間コミュニケーション
エクソソームは、細胞が分泌する小胞で、タンパク質やRNA、脂質などを他の細胞に運ぶことで細胞間コミュニケーションを媒介します。今回の研究では、介入前後で少なくとも18種類の非コードエクソソームRNAと66種類のタンパク質コードRNAが有意に変化していました。
特に注目すべきは、シナプス機能や神経伝達に関連する遺伝子にマッピングされるRNAが増加していたことです。例えば、RIBC1(ras/rab相互作用因子1)、SYN3(シナプシン3)、GRIK3(グルタミン酸受容体サブユニット3)などです。機能解析では、これらのRNAがセロトニン・ドパミン神経伝達サイクルに関連する経路を予測し、介入後のシナプス活性の向上を示唆していました。
まとめ:瞑想研究が示すサイケデリック療法への示唆と今後の展望
カリフォルニア大学サンディエゴ校の研究は、7日間の集中的なマインドボディ介入が、脳の機能的ネットワーク再編成、神経可塑性の向上、代謝の再プログラミング、内因性オピオイド系の活性化という多層的な生理学的変化を引き起こすことを実証しました。これらの変化は、シロシビンやMDMAなどのサイケデリック物質による治療でも報告される神経可塑性や意識状態の変容と類似しており、非薬理学的アプローチでも同様の治療的変化を誘導できる可能性を示しています。
特に重要なのは、BDNF経路の活性化、デフォルトモードネットワークの機能的結合の減少、神経突起成長の促進といった所見が、サイケデリック療法の作用機序と重なる点です。これは、瞑想とサイケデリック物質が、異なる経路から同じような脳の可塑的変化を促進する可能性を示唆しています。
今後の課題として、この研究は対照群を持たない観察研究であるため、瞑想、プラセボ、再概念化のそれぞれの貢献度を明確に分離することができません。また、サンプルサイズが小さく、経験豊富な瞑想実践者を含むため、結果の一般化可能性には限界があります。より大規模で厳密に制御された研究により、これらの技法の相互作用や、非予測的な瞑想状態が再概念化中の不適応的な信念の置き換えを促進するかどうかを検証する必要があります。
サイケデリック療法の文脈では、この研究結果は、サイケデリック体験と瞑想実践を組み合わせることで相乗効果が得られる可能性を示唆しています。実際、シロシビン補助マインドフルネス訓練に関する研究では、両者の組み合わせが自己意識とデフォルトモードネットワーク結合性を持続的に調節することが報告されています。日本においてもサイケデリック療法の研究が進展する中で、日本独自の形で、瞑想やマインドフルネスといった非薬理学的介入との統合的アプローチが、安全で効果的な治療プロトコルの開発に貢献する可能性があるかもしれません。
Jinich-Diamant, A., Simpson, S., Zuniga-Hertz, J. P., Chitteti, R., Schilling, J. M., Bonds, J. A., Case, L., Chernov, A. V., Dispenza, J., Maree, J., Stahl, N. E. A., Licamele, M., Fazlalipour, N., Devulapalli, S., Christov-Moore, L., Reggente, N., Poirier, M. A., Moeller-Bertram, T., & Patel, H. H. (2025). Neural and molecular changes during a mind-body reconceptualization, meditation, and open label placebo healing intervention. Communications Biology, 8(1), 1525. https://doi.org/10.1038/s42003-025-09088-3
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。


