サイケデリック療法の研究が進む中、DMTが脳にどのような変化をもたらすかについて、新たな知見が報告されました。インペリアル・カレッジ・ロンドンとアムステルダム自由大学の共同研究チームは、DMTが脳波の「臨界性」を変化させ、その変化が自己消失体験の強度と相関することを発見しました。本記事では、脳の臨界性という概念と、DMTがもたらす意識変容のメカニズムについて詳しく紹介します。
DMTは脳波の臨界性を低下させる

今回の研究で最も重要な発見は、DMTが脳波のアルファ波(8-13Hz)および隣接する周波数帯において、臨界性から離れる方向へシフトさせることです。
臨界性とは、物理学や神経科学で用いられる概念で、システムが秩序と無秩序の境界線上にある状態を指します。脳が臨界性の近くで機能している時、様々な時間スケールにわたる複雑なパターンを生み出すことができます。これは例えるなら、砂山の頂上に砂粒を落とし続けると、時には小さな崩れが起き、時には大きな雪崩が起きるような状態。この「砂山の臨界状態」のように、脳も多様なスケールの活動パターンを柔軟に生み出せる状態にあると考えられています。
研究チームは27名の健康な参加者を対象に、プラセボ(偽薬)とDMT投与時の脳波を記録。その結果、DMT投与後には脳波の長期時間相関(LRTC)を示すDFA指数が有意に低下することが明らかになりました。具体的には、シータ波(4-8Hz)で平均0.06、アルファ波で平均0.09、ベータ波(13-30Hz)で平均0.06の減少が観察されました。
この変化は頭皮全体にわたって広範囲に見られ、DMTが脳全体の神経活動パターンに影響を与えることを示唆しています。DFA指数の低下は、脳波がより予測可能で構造の少ない、ホワイトノイズに近い状態に移行したことを意味します。
エントロピーの増加と複雑性の減少

臨界性の低下に伴い、脳波のエントロピー(無秩序さ・予測不可能性)は増加する一方で、複雑性は減少。これは一見矛盾しているように思えるかもしれませんが、情報理論の観点から理解することができます。
ホワイトノイズのような完全にランダムな信号は、最大のエントロピーを持ちますが、時間的な構造を持たないため複雑性は低くなります。一方、ピンクノイズのような1/fスペクトルを持つ信号は、様々な時間スケールにわたる相関を持つため、エントロピーは低いものの複雑性は高くなります。DMT下の脳波は、より構造化されたピンクノイズ的な状態から、より無秩序なホワイトノイズ的な状態へとシフトしたことになります。
さらに、研究チームは機能的興奮抑制比(fE/I比)という新しい指標も用いて、この臨界性のシフトがサブクリティカル(抑制優位)な方向への移行であることを確認しました。特にアルファ波において、後頭部と頭頂部の電極で平均0.18の有意な減少が観察され、ベータ波では左後頭部領域で平均0.14の減少が見られたと報告されています。
自己消失体験との強い相関関係

この研究で特に注目すべきは、脳波の臨界性変化と主観的体験との関連性です。研究チームは参加者に視覚的アナログスケール(VAS)を用いて、「自己またはエゴの崩壊を体験した」という項目を含む複数の主観的体験について評価してもらいました。
その結果、シータ波とアルファ波におけるDFA指数の減少は、自己消失体験の強度と有意に相関することが明らかになりました。シータ波では相関係数r=0.61(p=0.001)、アルファ波ではr=0.56(p=0.005)という強い相関が観察されました。この相関は頭皮全体の電極において統計的に有意であり、臨界性のシフトが大きいほど、自己消失体験も強く感じられることを示しています。
自己に関する処理は、脳の広範な領域間の機能的結合によって支えられていると考えられています。長期時間相関は、過去の脳活動が長時間にわたって将来の活動に影響を与え続けることを意味し、これが時間的に連続した一貫性のある自己意識の基盤となっている可能性があります。DMTによって長期時間相関が弱まることで、この一貫した自己感覚が崩壊し、自己消失体験につながるのかもしれません。
アルファ波とトップダウン処理の関係

アルファ波は予測的な処理において重要な役割を果たすと考えられており、高次の脳領域から低次の感覚領域へのトップダウンの予測信号を伝達するキャリア波として機能すると提唱されています。また、アルファ波はデフォルトモードネットワーク(DMN)の活動とも関連しており、両者ともDMT投与により著しく抑制されることが先行研究で示されています。
DMTによるアルファ波の臨界性低下は、トップダウンの予測モデルが弱まり、ボトムアップの感覚情報処理が相対的に優位になることを示唆しています。これは、サイケデリック体験において報告される「フィルターが外れた」ような強烈な知覚体験や、普段は無視される刺激への気づきの増加を説明できるかもしれません。
興味深いことに、アルファ波の抑制は視覚的コンテンツの存在によっても引き起こされ、DMT体験中の強烈な視覚体験とアルファ波の変調との間に相関があることも報告されています。このことから、アルファ波の臨界性変化は、低次の感覚処理と高次の認知処理の相互作用における複雑な役割を反映している可能性があります。
他の意識状態との比較

興味深いことに、臨界性からの逸脱は麻酔による意識消失状態や深い瞑想状態でも観察されています。これらの状態とサイケデリック状態は、現象的な内容の豊かさという点では大きく異なります。麻酔下では現象的体験がほとんど失われる一方、高用量のサイケデリック状態では極めて豊かな現象的内容が報告されます。
しかし、これらの異なる状態に共通するのは、日常的な覚醒意識で中心的な役割を果たす「一貫した自己に関する思考の流れ」が崩壊または著しく変容することです。研究チームは、アルファ波および隣接周波数帯における弱いサブクリティカルな長期時間相関が、この共通した特徴である自己に関する処理の崩壊の神経相関である可能性を示唆しています。
一方で、サイケデリック状態における現象的内容の豊かさや複雑性は、より高い周波数帯、特にガンマ波(40Hz以上)におけるスーパークリティカル(興奮優位)な状態によって説明できる可能性があります。実際、動物実験ではサイケデリック投与時に高周波振動の増加が観察されています。今回の研究では技術的制約からこれらの高周波を測定できませんでしたが、将来の研究でこの仮説を検証することが期待されます。
エントロピー脳仮説との関連

この研究結果は、ロビン・カーハート=ハリス博士らが提唱する「エントロピー脳仮説」と部分的に一致しています。エントロピー脳仮説では、サイケデリック状態において脳のエントロピーが増加し、臨界性に近づくことが提唱されています。今回の研究では、確かにエントロピーの増加が観察されましたが、臨界性に関しては逆に臨界性から離れる方向へのシフトが見られました。
この相違は、異なる動的システムにおけるエントロピーと臨界性の関係が一様ではないことを反映しています。元のエントロピー脳仮説では、サブクリティカルな状態から臨界状態、さらにスーパークリティカルな状態へと移行するにつれてエントロピーが単調に増加すると仮定されていました。しかし、脳波振動の文脈では、DFA指数の減少はピンクノイズ的な信号からホワイトノイズ的な信号への移行を示し、これは複雑性の減少とエントロピーの増加を意味します。
研究チームは、アルファ波および隣接周波数帯におけるサブクリティカルなシフトが自己に関する処理の崩壊に関連している一方で、高ガンマ波におけるスーパークリティカルなシフトが現象的内容の豊かさに関連している可能性を示唆しています。これは、サイケデリック状態の多次元的な性質を理解するためには、周波数帯ごとに異なる臨界性の変化を考慮する必要があることを意味します。
まとめ:DMT研究が示す意識変容の神経メカニズム
本研究は、DMTが脳波の臨界性を変化させ、特にアルファ波および隣接する周波数帯でサブクリティカルな方向へシフトさせることを明らかにしました。この変化はエントロピーの増加と複雑性の減少を伴い、自己消失体験の強度と強く相関していました。
これらの知見は、サイケデリック療法の作用メカニズムに関する理解を深め、意識の神経基盤に関する新たな視点を提供します。日常的な自己意識は、時間的に連続した複雑な脳活動パターンによって支えられており、DMTはこのパターンを崩すことで自己消失体験をもたらす可能性が示唆されます。
今後の研究では、より高い周波数帯における変化や、体験の特定の瞬間における脳活動との対応関係を詳細に調べることで、サイケデリック状態の多次元的な性質がさらに明らかになることが期待されます。また、これらの知見が、うつ病やPTSDなどの精神疾患に対するサイケデリック療法の治療メカニズムの解明にも貢献する可能性があるかもしれません。
Irrmischer, M., Aqil, M., Luan, L., Wang, T., Engelbregt, H., Carhart-Harris, R., Linkenkaer-Hansen, K., & Timmermann, C. (2025). DMT-induced shifts in criticality correlate with self-dissolution. Journal of Neuroscience. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0344-25.2025
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。


