シロシビンは脳の老化を防げるか|世界初・高齢者の神経可塑性研究

研究

年齢を重ねても脳を若々しく保てるとしたら、その手がかりはサイケデリックにあるかもしれません。本記事では、健康な高齢者を対象に世界で初めてシロシビンと脳の変化を追跡する、カリフォルニア大学バークレー校の研究「PLASTICITY」を取り上げ、その狙いと仕組み、老いの捉え方に与える意味を初めての方にもわかりやすく紹介します。

シロシビンは脳の可塑性を取り戻す可能性:PLASTICITY研究の核心

カリフォルニア大学バークレー校のバークレー・サイケデリック科学センター(BCSP)が2026年に開始した「PLASTICITY」研究は、健康な高齢者にシロシビンを投与し、脳の構造や働き、記憶、感情がどう変化するかを世界で初めて脳画像で追跡する試みです。研究チームは、加齢とともに失われていく脳の柔軟性を、シロシビンが押し戻せるのではないかという仮説を検証しています。

なぜこの研究が注目に値するのでしょうか。第一の理由は、これまでの研究がほぼ若い世代に偏ってきたからです。過去数十年で数千人がサイケデリック研究に参加してきましたが、ある2024年のレビューによれば、高齢者が占める割合はわずか1.4%ほどにとどまっていました。つまり「歳を重ねた脳にサイケデリックがどう働くのか」という問いは、長らく空白のまま残されていたのです。

第二の理由は、その空白を埋める意義が年々大きくなっている点にあります。世界的に高齢化が進み、認知機能の低下やアルツハイマー病などの神経変性疾患が増えるなか、健やかに歳を重ねるための新しい選択肢が強く求められています。動物実験では、シロシビンが脳の神経細胞同士のつながりを増やすことが繰り返し示されてきました。PLASTICITY研究は、その有望な結果がヒトの高齢者にも当てはまるのかを、正面から確かめようとしているのです。

また、サイケデリックの人体研究は、約50年にわたってほぼ法的に行えない時期が続いていました。その間、銃規制や貧困といった論争的なテーマでさえ何らかの形で研究が続けられていたのに対し、サイケデリックだけは例外的に空白地帯になっていたのです。皮肉なことに、この「研究の砂漠」の時代に脳科学は飛躍的に進歩し、脳の構造や働きを傷つけずに精密に測る技術が次々と生まれました。PLASTICITY研究は、その最新の計測技術を、長らく置き去りにされてきた問いに初めて本格的に向ける試みでもあります。

サイケデリックと神経可塑性:脳の中で何が起きているのか

本題に入る前に、土台となる二つの言葉を整理しておきましょう。「シロシビン」と「神経可塑性」を押さえておくと、研究の狙いが一気に理解しやすくなります。

シロシビンとサイケデリック療法の基礎

シロシビンは、いわゆる「マジックマッシュルーム」に含まれる天然成分です。体内に入ると活性本体のシロシンへと変わり、脳の特定の受容体(セロトニン2A受容体)に働きかけ、知覚や感情、思考のあり方を一時的に大きく変化させます。

このシロシビンを治療に応用する取り組みが、サイケデリック療法と呼ばれるアプローチです。海外ではすでに、治療抵抗性うつ病や終末期患者の不安などを対象に臨床試験が進められてきました。特徴的なのは、わずか1〜数回の投与で効果が長く続く例が報告されている点です。これは、毎日服用し続ける従来の抗うつ薬とは大きく異なる性質だといえます。

神経可塑性とは「配線を組み替える力」

研究名にもなっている神経可塑性(ニューロプラスティシティ)とは、脳が経験に応じて自らの配線をつなぎ替える性質のことです。少しイメージしにくいので、たとえてみましょう。脳の神経細胞同士のつながり(シナプス)は、街と街を結ぶ道路のようなものです。新しい道が増えれば行き来が活発になり、使われない道は雑草に覆われて細っていきます。

若い脳ではこの道路工事が盛んに行われ、新しい体験や学習に応じて柔軟に配線が更新されます。ところが加齢に伴い、工事のペースは落ち、特に記憶を司る海馬や、判断や計画に関わる前頭前野でシナプスが失われやすくなります。動物実験では、シロシビンがまさにこの海馬や前頭前野で新しいシナプスを増やすことが確認されてきました。つまりシロシビンは、止まりかけた道路工事を再び動かす「号砲」のような役割を果たすのではないか、と期待されているわけです。

ただし、神経可塑性が高まること自体は、必ずしも「良い変化」だけを意味するわけではありません。柔軟になった脳は、新しい学びを取り込みやすくなる一方で、変化を定着させるための適切な環境やフォローアップがあって初めて、望ましい方向へ向かいます。だからこそ研究では、体験そのものだけでなく、その後の心理状態や脳の構造を時間をかけて追跡することが重視されているのです。

なぜ高齢者なのか:見過ごされてきた1.4%という空白

PLASTICITY研究が高齢者に焦点を当てた背景には、二つの切実な事情があります。脳科学的な必要性と、これまでの研究の偏りです。

加齢で脳に起きること

歳を重ねると、脳の構造的な柔軟性は確実に低下していきます。シナプスが減り、神経のネットワークが細っていくことは、記憶力や処理能力の衰えとして表れます。研究を主導するタイラー・トゥーグ氏は、アルツハイマー病のリスク研究に携わるなかで、ある壁に突き当たったと語っています。たとえ発症の見通しを早く正確に予測できたとしても、現状で提供できる助言は「運動を」「睡眠を」「食事に気をつけて」「人とつながって」といった生活習慣の改善にとどまる、というのです。

ここに大きな課題があります。「うまく歳を重ねる」ことを後押しする具体的な手段が、医療の現場にはまだほとんどありません。だからこそ、神経可塑性に直接働きかけるかもしれないシロシビンが、新しい選択肢として注目されているのです。

もう一つ見逃せないのは、高齢者を対象にした研究の多くが、すでに病気を抱えた人に向けられてきたという事実です。アルツハイマー病やうつ病と診断された人への介入は数多く試みられてきましたが、まだ健康な高齢者の前向きな変化を後押しできるかを問う研究はごくわずかでした。PLASTICITY研究が「健康な人」に焦点を絞ったのは、病気になってから対処するのではなく、その手前で健やかさを伸ばす可能性を探るためです。この視点の転換は、加齢への向き合い方そのものを問い直すものだといえます。

「うまく歳を重ねる」を支える心の状態

老いは脳の構造だけの問題ではありません。心のあり方も深く関わっています。これまでの研究から、抑うつ、不安、ストレス、そして同じ考えを反芻し続ける状態は、加齢を加速させる要因と結びつくことがわかっています。反対に、人生における目的意識、感情をうまく調整する力、そして畏敬の念(awe)は、健やかな老いと関連するとされています。

ここで興味深いのは、サイケデリックが影響を与える心の領域が、健やかな老いに関わる領域と大きく重なっている点です。トゥーグ氏も、シロシビンが促す心理的変化と、うまく歳を重ねるために望ましい状態とのあいだに重なりが多いと指摘しています。脳の配線と心の状態、その両方に同時に働きかけうるからこそ、シロシビンは老化研究の新しい切り口になりうるのです。

この発想の根っこには、健康のとらえ方そのものの転換があります。従来の医療は、どこかが「壊れる」のを待ってから対処する考え方、いわば不具合対応型のモデルに偏りがちでした。これに対しPLASTICITY研究に参加するケルトナー氏らは、壊れる前に人の健やかさや充実を積極的に伸ばすという、前向きな発想を提唱してきました。歳を重ねた脳に病気が現れるのを待つのではなく、健康なうちに脳と心の柔軟性を高めておけないか――この問いの立て方こそが、研究の独自性を支えています。

PLASTICITY研究の中身:MRIで脳の変化を追う

では、研究は具体的にどう進められるのでしょうか。

研究デザインと参加者

対象は60歳から85歳までの健康な高齢者です。ここで重要なのは、参加者が「患者」ではないという点です。多くの臨床試験が、すでに診断のついた人を対象に「治す」ことを目指すのに対し、PLASTICITY研究は健康な人の前向きな変化を促せるかを問うています。病気を待ってから対処するのではなく、健やかさそのものを伸ばそうとする発想です。

参加者には1〜30mgの合成シロシビンが投与されます。研究チームは、投与前にまず基準となる状態を測定し、その後1週間後と1か月後に同じ評価を繰り返して変化を追います。2026年末までに20名への投与を完了することを目標に、募集が進められています。

研究を支える布陣も、この試みの厚みを物語っています。設計を主導したのは神経科学を専攻する大学院生のタイラー・トゥーグ氏ですが、その周りには分野を横断する専門家が集まりました。BCSPを率いる神経科学者のマイケル・シルバー氏、脳の老化研究で世界をリードするウィリアム・ジャガスト氏、感情や畏敬の研究で知られる心理学者のダッカー・ケルトナー氏、そして医療責任者を務める精神科医のブライアン・アンダーソン氏です。神経科学・心理学・精神医学の知見を一つの研究に束ねられることが、この大学ならではの強みだといえます。

拡散MRIと機能的MRIで何を測るのか

評価には、認知・知覚・感情のテストに加えて、二種類の高度な脳画像が用いられます。聞き慣れない言葉ですが、それぞれ役割を分けて考えると理解しやすくなります。

ひとつは拡散MRIで、海馬の微細な構造を捉えます。脳内の水分子の動きを手がかりに、神経線維の密度や走り方を読み取る技術で、いわば「道路網の詳しさ」を地図化するイメージです。もうひとつは機能的MRIで、記憶を覚え込んだり思い出したりするときの脳活動を捉えます。こちらは「どの道路がいま混雑しているか」を可視化する交通モニターにたとえられます。この二つを組み合わせることで、シロシビンが脳の構造と働きの両面にどんな痕跡を残すのかを立体的に追えるのです。

畏敬と迷走神経というもう一つの軸

この研究のもう一つの見どころは、感情と身体反応にまで踏み込んでいる点です。研究チームには、畏敬や幸福感の研究で知られる心理学者ダッカー・ケルトナー氏や、脳の老化研究の世界的権威ウィリアム・ジャガスト氏らが名を連ねています。

注目されているのが、迷走神経の働きです。迷走神経は、心身をリラックスさせ、ストレスからの回復を支える神経で、いわば体内の「ブレーキ役」にあたります。研究チームは、参加者が畏敬のようなポジティブな感情を抱いているときに、この迷走神経の活動がシロシビン投与後に持続的に高まるかどうかを調べます。もしそうであれば、サイケデリック体験が心の健康につながる仕組みの一端を、身体の反応として説明できるかもしれません。

畏敬という感情も、ここで改めて押さえておく価値があります。畏敬とは、壮大な自然や音楽、深い洞察に触れたときに、自分の小ささを感じつつ世界の大きさに包まれるような感覚です。研究では、こうした感情がストレスを和らげ、人とのつながりの感覚を強めることが示されてきました。サイケデリック体験はこの畏敬を強く引き出すことで知られており、それが脳の柔軟性や身体の回復力とどう結びつくのかを、PLASTICITY研究は複数の角度から同時に捉えようとしているのです。

期待と注意点:過度な期待を避けるために

ここまで可能性を中心に紹介してきましたが、冷静な視点も欠かせません。理由は、現時点でこの研究がまだ初期段階にあるからです。

具体的に押さえておきたい点は次のとおりです。

  • 研究はまだ進行中で、結論はこれから導かれます。2026年末の投与完了を目標にしている段階であり、現時点で「効果が証明された」と語れるものではありません。
  • 投与は厳格に管理された研究環境で、医療責任者の監督のもと行われます。シロシビンの自己使用を勧めるものではなく、多くの国で法的にも規制されています。
  • 結果がどう転んでも価値があるとされている点も重要です。たとえ期待した変化が見られなくても、加齢する脳への介入を考えるうえで貴重な知見が得られると研究者自身が述べています。

つまり、PLASTICITY研究は、答えそのものよりも、これまで誰も正面から問わなかった「健康な高齢者の脳をサイケデリックで前向きに変えられるか」という問いを立てたこと自体に、大きな意義があるといえます。

加えて、この研究が「治療」ではなく「基礎研究」である点も見落とせません。参加者は患者ではなく健康な高齢者であり、研究の主眼は特定の病気を治すことではなく、脳と心と意識の関係という根本的な謎に迫ることにあります。シロシビンがどの受容体に作用するかは化学的にわかっていても、そこからなぜあのような深い体験や長期的な脳の変化が生まれるのかは、まだ十分に解明されていません。PLASTICITY研究は、その空白に光を当て、将来のより精密で効果的なサイケデリック療法の土台となる知見を積み上げようとしているのです。

まとめ:シロシビンと健康な老化が拓く新しい問い

カリフォルニア大学バークレー校のPLASTICITY研究は、健康な高齢者を対象にシロシビンと脳の変化を脳画像で追う、世界初の試みです。その背景には、サイケデリック研究から長く取り残されてきた高齢者という空白と、健やかに歳を重ねる手段の乏しさという、二つの切実な課題がありました。

この研究が示しているのは、サイケデリックを「病を治す薬」としてだけでなく、「脳と心の柔軟性を保つ手立て」として捉え直す新しい視点です。神経可塑性、畏敬、迷走神経といった複数の軸から老いに迫る姿勢は、サイケデリック療法の可能性を一段広げるものだといえるでしょう。

もちろん、結果が出るのはこれからです。それでも、止まりかけた脳の道路工事を再び動かせるのかという問いは、高齢化が進む社会に生きる私たちにとって、決して他人事ではありません。今後の続報に注目していきたいテーマです。

Berkeley Center for the Science of Psychedelics. (2026, June 8). PLASTICITY study launches to explore psilocybin and healthy aging. University of California, Berkeley. https://psychedelics.berkeley.edu

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

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この記事を書いた人
ユウスケ

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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