従来の抗うつ薬で十分な効果が得られない患者が多い中、シロシビンを用いた新たな治療アプローチが科学的根拠を蓄積しています。本記事では、JAMA誌に発表された大規模臨床試験の結果とUsona Instituteの最新動向を通じて、シロシビン療法の効果と可能性について紹介します。
シロシビン療法が大うつ病治療に新たな希望をもたらす

2023年にJAMA誌で発表された臨床試験により、シロシビンによる単回投与治療が大うつ病性障害(MDD)に対して統計的かつ臨床的に有意な効果を示すことが実証されました。この研究では、25mgのシロシビンを心理的サポートとともに投与することで、プラセボと比較して抑うつ症状が迅速かつ持続的に改善することが明らかになっています。特筆すべきは、従来の抗うつ薬が効果を発揮するまでに数週間を要するのに対し、シロシビン療法では投与後8日以内に顕著な改善が認められた点です。
臨床試験で実証されたシロシビンの効果

研究デザインと参加者の特徴
この画期的な研究は、2019年12月から2022年6月まで米国の11の研究施設で実施された第2相臨床試験です。104名の参加者(平均年齢41.1歳、女性50%)が1対1の割合で無作為にシロシビン群(25mg)とナイアシンプラセボ群(100mg)に割り付けられました。
参加者は全員、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)の基準を満たす大うつ病性障害の診断を受けており、現在のうつエピソードが少なくとも60日間継続していました。研究の質を高めるため、評価者は治療群の割り当てを知らされず、電話を通じて中央集約的にモンゴメリ・アスベルグうつ病評価尺度(MADRS)を用いた評価を実施しました。この手法により、シロシビンの特徴的な精神作用的効果による盲検化の破綻が評価に与える影響を最小限に抑えています。
驚くべき結果:迅速かつ持続的な改善効果
研究の主要評価項目である投与後43日目のMADRSスコアの変化において、シロシビン群はプラセボ群と比較して平均12.3点の有意な改善を示しました(95%信頼区間:-17.5から-7.2、P<0.001)。この数値は、うつ病治療の文献で「臨床的に実質的な改善」とされる12点の基準を超えるものです。
さらに注目すべきは効果発現の速さです。投与後8日目という早期の時点で、シロシビン群はプラセボ群と比較して平均12.0点の改善を示しました(95%信頼区間:-16.6から-7.4、P<0.001)。従来の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬が効果を示すまでに4〜6週間を要することを考えると、この迅速な効果発現は革新的といえます。
持続的な治療反応の面でも優れた結果が得られています。ベースラインから50%以上のMADRSスコア改善を8日目、15日目、29日目、43日目の全評価時点で維持した参加者の割合は、シロシビン群で42%、プラセボ群で11%でした(調整後絶対差30.3%、95%信頼区間:13.5-47.1、P=0.002)。
機能障害の改善についても、シーハン障害尺度(SDS)で測定した心理社会的機能がシロシビン群で有意に改善しました。ベースラインから43日目までのSDS平均スコアの変化は、両群間で2.31点の差がありました(95%信頼区間:-3.50から-1.11、P<0.001)。これは、シロシビン療法が単に抑うつ症状を軽減するだけでなく、日常生活における機能回復にも寄与することを示しています。
安全性プロファイルと忍容性
治療の有効性と同様に重要なのが安全性です。この研究では、重篤な治療関連有害事象は一例も報告されませんでした。シロシビン群の88%、プラセボ群の61%で何らかの有害事象が報告されましたが、その大半は軽度から中等度で、投与当日または翌日に限定されていました。
最も頻繁に報告された有害事象は頭痛(シロシビン群66%、プラセボ群24%)と悪心(シロシビン群48%、プラセボ群6%)でした。これらの症状は一過性であり、研究終了までに全て解消しています。重度の有害事象はシロシビン群の8%で報告されましたが、これは治療抵抗性うつ病に対する25mgシロシビン投与を検討した先行研究の10%と同等かそれ以下の水準です。
特に注目すべきは、自殺念慮や自殺行動が両群ともに報告されなかった点です。これは、適切な心理的サポートと慎重なスクリーニングのもとで実施されるシロシビン療法の安全性を裏付ける重要な知見といえます。
非営利研究が切り開くシロシビン療法の未来

Usona Institute:患者アクセスを最優先する新しいモデル
シロシビン療法の研究開発において中心的な役割を果たしているのが、非営利研究機関であるUsona Instituteです。この組織は、従来の営利目的の製薬会社とは根本的に異なるアプローチでシロシビン研究を推進しています。
従来の製薬業界では、新薬開発への莫大な投資を回収するため、特許による独占的な市場支配と高価格設定が一般的です。これにより、効果的な治療法が開発されても、経済的理由で必要な患者に届かないという問題が生じてきました。特に精神疾患治療においては、長期的な投薬が必要となるケースも多く、治療費の負担が患者の大きな障壁となっています。
一方、Usona Instituteは非営利組織として、利益追求ではなく患者アクセスと科学的知見の共有を最優先に掲げています。同機関は合成シロシビンを開発し、大うつ病性障害の治療薬としての承認を目指していますが、その目的は市場独占ではなく、できるだけ多くの患者が手頃な価格でこの治療法にアクセスできるようにすることにあります。
オープンサイエンスによる知識の共有
Usona Instituteのもう一つの特徴は、オープンサイエンスのアプローチを採用している点です。研究成果や臨床試験データを広く公開することで、世界中の研究者がシロシビン研究に貢献できる環境を整えています。この姿勢は、知的財産を厳重に保護し競争優位性を確保しようとする従来の製薬業界のビジネスモデルとは対照的です。
さらに、Usona Instituteは「Investigational Supply Program(治験用物質供給プログラム)」を運営しており、適格な研究者に高品質な合成シロシビンを提供しています。これにより、資金力に乏しい学術研究機関でも質の高い研究を実施できるようになり、シロシビン研究全体の加速につながっています。
画期的治療薬指定と臨床試験の進展
Usona Instituteは2019年にFDA(米国食品医薬品局)から画期的治療薬指定(Breakthrough Therapy Designation)を取得しました。この指定は、「重篤な疾患を治療することを目的とし、既存の治療法と比較して臨床的に有意な改善を示す可能性があることを予備的臨床証拠が示す医薬品の開発と審査を迅速化するプロセス」として、FDAが説明しています。
前述のPSIL201試験(第2相)を成功裏に完了した後、Usona Instituteは現在、uAspire試験として知られる第3相臨床試験を進行中です。この大規模な無作為化二重盲検多施設共同研究は、大うつ病性障害の成人患者におけるシロシビンの有効性、安全性、忍容性を評価することを目的としています。第3相試験は医薬品承認プロセスにおける最終段階であり、その結果次第でシロシビンが正式な治療選択肢として利用可能になる可能性があります。
非営利モデルの利点は、承認後の価格設定にも表れるでしょう。営利企業が投資回収と株主への利益還元を優先するのに対し、Usona Instituteは治療への適切なアクセスを確保することを目標としています。これは、精神医療において経済的障壁に直面している多くの患者にとって、重要な意味を持つことになるはずです。
シロシビン療法が注目される理由

従来の抗うつ薬の限界と治療ギャップ
シロシビン療法が大きな注目を集めている背景には、従来の抗うつ薬治療の限界があります。現在主流となっている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)などの抗うつ薬は、効果を発揮するまでに4〜6週間を要し、さらに効果が不十分な患者も少なくありません。
実際、初回治療で十分な改善が得られる患者は約3分の1程度とされています。治療抵抗性うつ病、つまり2種類以上の抗うつ薬で十分な効果が得られない状態に陥る患者も相当数存在します。また、従来の抗うつ薬は毎日の服用が必要であり、性機能障害、体重増加、感情の平板化(emotional blunting)などの副作用も報告されています。
興味深いことに、今回の研究では感情の平板化に関する評価も行われ、シロシビン治療は従来の抗うつ薬で報告されているような感情の平板化を引き起こさないことが示されました。むしろ、多くの参加者が感情の豊かさの回復を報告しています。
心理的サポートとの組み合わせによる相乗効果
シロシビン療法の特徴は、単に薬物を投与するだけでなく、包括的な心理的サポートと組み合わせる点にあります。この治療モデルは「セットとセッティング」と呼ばれる概念に基づいています。セット(set)は患者の心理状態や期待を、セッティング(setting)は治療が行われる物理的・社会的環境を指します。
今回の研究では、投与前に6〜8時間の準備セッションが実施され、2名のファシリテーターが患者と信頼関係を構築しました。投与当日は快適な部屋で7〜10時間のセッションが行われ、患者はアイマスクを着用し、キュレーションされた音楽プレイリストを聴きながら内的体験に集中しました。投与後には4時間の統合セッションが設けられ、患者は体験について話し合う機会を持ちました。
このような構造化された心理的サポートは、シロシビンの治療効果を最大化し、潜在的なリスクを最小化するために不可欠とされています。シロシビンは強力な精神作用物質であり、適切なサポートなしでの使用は不安や混乱を引き起こす可能性があります。訓練を受けた医療専門家による慎重な管理のもとで実施されることが、安全で効果的な治療の鍵となります。
まとめ:患者本位の医療が切り開く新時代
シロシビンを用いた単回投与療法は、大うつ病性障害の治療において新たなパラダイムを提示しています。JAMA誌に発表された臨床試験は、心理的サポートと組み合わせたシロシビン療法が、迅速かつ持続的な抗うつ効果をもたらし、重篤な有害事象なく実施可能であることを実証しました。
従来の抗うつ薬が毎日の服用を必要とし、効果発現まで数週間を要するのに対し、シロシビン療法は単回投与で8日以内に顕著な改善をもたらし、その効果が少なくとも6週間持続することが示されています。Usona Instituteを中心とした非営利研究機関による第3相臨床試験の進展により、数年以内にシロシビンが正式な治療選択肢として承認される可能性が現実味を帯びてきました。
特に重要なのは、Usona Instituteのような非営利組織が主導することで、利益追求ではなく患者アクセスを優先した治療法の開発が可能になっている点です。従来の製薬業界のビジネスモデルでは、高価格設定により必要な患者が治療を受けられないという問題がありましたが、非営利モデルはこの構造的問題に対する一つの解決策を示しています。
ただし、シロシビン療法の実用化には、長期的な有効性と安全性のさらなる検証、治療プロトコルの標準化、適切な医療従事者の育成、そして規制環境の整備が必要です。また、今回の研究参加者の大半が白人で高所得層であったことから、より多様な集団における効果の検証も課題として残されています。
それでも、シロシビン療法は、治療抵抗性うつ病を含む難治性の精神疾患に苦しむ多くの患者に新たな希望をもたらす可能性を秘めています。科学的根拠に基づいた慎重なアプローチと、患者本位の開発モデルのもとで、この革新的な治療法の可能性を最大限に引き出すことが、今後の精神医療の発展において重要な鍵となるでしょう。
Raison, C. L., Sanacora, G., Woolley, J., Heinzerling, K., Dunlop, B. W., Brown, R. T., … & Griffiths, R. R. (2023). Single-dose psilocybin treatment for major depressive disorder: A randomized clinical trial. JAMA, 330(9), 843-853. https://doi.org/10.1001/jama.2023.14530
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。


