シロシビンが悪性脳腫瘍の成長を促進?|スタンフォード大学の研究が示す重大な懸念

研究

うつ病治療に革命をもたらすと期待されたシロシビンが、悪性脳腫瘍の成長を促進する可能性があるという衝撃的な研究結果が発表されました。本記事では、2025年12月にスタンフォード大学の研究チームが発表した最新論文をもとに、サイケデリック療法と脳腫瘍の関係、そしてがん患者がサイケデリクスを使用する際のリスクについて詳しく解説します。

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シロシビンは悪性脳腫瘍の増殖を促進する:スタンフォード大学の発見

2025年12月、スタンフォード大学のMichelle Monje教授率いる研究チームは、セロトニン作動性ニューロン(脳内でセロトニンを放出する神経細胞)と高悪性度神経膠腫(グリオーマ)の相互作用に関する画期的な研究を発表しました。この研究で最も注目すべき発見は、シロシビンをはじめとするサイケデリック物質が、悪性脳腫瘍の細胞増殖を著しく促進するという事実です。

研究チームは複数のマウスモデルを用いた実験で、シロシビンを1回投与するだけで、脳腫瘍細胞の増殖率が有意に上昇することを確認しました。さらに驚くべきことに、この増殖促進効果は投与後2週間以上持続することが明らかになりました。これは、シロシビンが単に一時的な効果ではなく、持続的に腫瘍の成長を促すことを示唆しています。

この発見は、現在精神疾患の治療薬として臨床試験が進められているシロシビンの安全性について、重大な疑問を投げかけるものです。特に、がんを患っている患者や、脳腫瘍のリスクがある人々にとって、この研究結果は無視できない警告となっています。

なぜセロトニンが脳腫瘍を成長させるのか:5HT2A受容体の役割

この研究を理解するためには、まずセロトニンと脳腫瘍の関係を知る必要があります。セロトニンは「幸せホルモン」として知られる神経伝達物質ですが、実は脳腫瘍の成長にも深く関与していることが今回の研究で明らかになりました。

腫瘍細胞に存在する5HT2A受容体

研究チームは、高悪性度グリオーマ細胞の表面に5HT2A受容体(セロトニン受容体の一種)が高発現していることを発見しました。この受容体は、通常は神経細胞間の情報伝達に関与していますが、腫瘍細胞においては成長シグナルを受け取るアンテナのような役割を果たしています。

脳の縫線核(ほうせんかく)と呼ばれる領域にあるセロトニン作動性ニューロンが活性化されると、セロトニンが放出され、腫瘍細胞の5HT2A受容体に結合します。これにより、腫瘍細胞内でカルシウムシグナルが発生し、細胞の増殖が促進されるのです。研究では、この効果が回路特異的であること、つまり特定の神経回路を介してのみ腫瘍に影響を与えることも確認されました。

腫瘍がセロトニン放出を増加させる悪循環

さらに重要な発見として、グリオーマ自体が縫線核のニューロン活動パターンを変化させ、腫瘍微小環境へのセロトニン放出を増加させることが判明しました。つまり、腫瘍が存在すること自体が、自らの成長を促進するセロトニンの供給を増やすという悪循環(フィードフォワードループ)が形成されているのです。

この悪循環は、疾患の進行に伴って強化されていきます。研究チームが腫瘍微小環境でのセロトニン濃度を経時的に測定したところ、病期が進むにつれてセロトニン放出量が進行的に増加していることが確認されました。

シロシビンが脳腫瘍に与える具体的な影響

シロシビンは、体内でシロシンに代謝された後、5HT2A受容体に強力に作用することで知られています。これこそがシロシビンの幻覚作用や神経可塑性促進効果の源泉ですが、同時に脳腫瘍の成長を促進するメカニズムでもあります。

4つの前臨床モデルで確認された増殖促進効果

研究チームは4種類の異なるグリオーマモデル(皮質膠芽腫と腹側橋びまん性正中線グリオーマの移植および同種移植モデル)を用いて、シロシビンの効果を検証しました。その結果、すべてのモデルにおいて、シロシビンの単回投与により腫瘍細胞の増殖率が有意に上昇することが確認されました。

特に注目すべきは、増殖促進効果の持続時間です。シロシビン投与後24時間の時点で腫瘍増殖率の上昇が観察されましたが、この効果は2週間後でも持続していました。シロシビン自体は体内から比較的早く排出されるにもかかわらず、腫瘍細胞のカルシウムシグナルは長期間にわたって上昇したままであり、これが持続的な増殖促進の原因と考えられています。

LSDやDOIも同様の効果を示す

研究チームはシロシビンだけでなく、LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)やDOI(2,5-ジメトキシ-4-ヨードアンフェタミン)といった他のサイケデリック物質についても実験を行いました。その結果、これらの物質もin vitro(試験管内)でグリオーマ細胞の増殖を促進することが確認されました。

これは、5HT2A受容体を活性化するサイケデリック物質全般が、脳腫瘍のリスク因子となり得ることを示唆しています。セロトニン系に作用する物質を使用する際には、このリスクを十分に考慮する必要があります。

5HT2A受容体の重要性:遺伝子ノックアウト実験の結果

シロシビンの腫瘍促進効果が本当に5HT2A受容体を介しているのかを確認するため、研究チームはCRISPR技術を用いて5HT2A受容体を欠損させたグリオーマ細胞株を作成し、実験を行いました。

その結果は明確でした。5HT2A受容体をノックアウトしたグリオーマ細胞では、シロシビン投与後の増殖促進効果がほぼ完全に消失しました。一方、対照群(正常な5HT2A受容体を持つ細胞)では、予想通り増殖率の有意な上昇が観察されました。

この実験により、シロシビンの腫瘍促進効果が5HT2A受容体の活性化に完全に依存していることが証明されました。つまり、5HT2A受容体を標的とした薬剤開発が、グリオーマ治療の新たなアプローチとなる可能性があります。

治療の可能性:5HT2A拮抗薬による腫瘍抑制効果

興味深いことに、この研究は新たな治療法の可能性も示しています。研究チームは、FDA承認済みの5HT2A逆作動薬であるピマバンセリン(パーキンソン病に伴う精神病症状の治療薬として承認)を用いた実験を行いました。

ピマバンセリンを投与されたマウスでは、グリオーマ細胞の増殖率が低下し、生存期間が有意に延長しました。これは、5HT2A受容体の遮断が、既存の脳腫瘍の治療に応用できる可能性を示唆しています。

さらに、5HT2A拮抗作用を持つ抗うつ薬ミルタザピンについても実験が行われ、同様に腫瘍増殖を抑制する効果が確認されました。これは、脳腫瘍患者がうつ症状を呈した場合、薬剤選択において重要な考慮点となります。腫瘍促進の観点からは、ミルタザピンは脳腫瘍患者にとって安全な選択肢となり得るのです。

サイケデリック療法の未来:この研究がもたらす影響

現在、シロシビンは治療抵抗性うつ病や末期がん患者の不安・うつ症状に対する治療薬として、世界中で臨床試験が進められています。2022年にはNew England Journal of Medicineに治療抵抗性うつ病に対するシロシビンの有効性を示す研究が発表され、2023年にはJAMAに大うつ病性障害に対する単回投与の有効性を示す研究が掲載されました。

しかし、今回の研究結果は、少なくとも脳腫瘍を有する患者や脳腫瘍のリスクがある患者に対しては、シロシビンの使用について慎重な姿勢が必要であることを強く示唆しています。研究チームは論文の中で、「グリオーマ患者におけるセロトニン作動性サイケデリック薬の使用については、慎重な臨床判断が必要である」と警告しています。

がん患者へのサイケデリック療法の再考

サイケデリック療法は、もともと末期がん患者の実存的苦悩(死への恐怖、人生の意味の喪失感など)を軽減する目的で研究が始まりました。実際、ジョンズ・ホプキンス大学やニューヨーク大学の研究では、がん患者に対するシロシビン支援療法が不安やうつ症状を有意に改善することが示されています。

しかし、今回の研究は、少なくとも脳腫瘍患者については、この治療アプローチの再考を促すものです。脳腫瘍以外のがん患者についても、がんが脳に転移するリスクや、潜在的な脳腫瘍の存在を考慮する必要があるかもしれません。

健常者にとってのリスクは?

今回の研究は主に既存の脳腫瘍に対するシロシビンの影響を調べたものであり、健常者がシロシビンを使用した場合に脳腫瘍が発生するリスクについては直接検証していません。しかし、グリオーマ細胞の5HT2A受容体活性化が増殖を促進するという発見は、潜在的な前がん細胞や微小腫瘍に対しても同様の影響を与える可能性を示唆しています。

この点については、今後さらなる研究が必要です。サイケデリック物質のレクリエーショナル使用や、精神疾患治療目的での使用を検討している人々にとって、この研究結果は重要な情報となるでしょう。

研究の限界と今後の展望

今回の研究は主にマウスモデルを用いて行われており、ヒトでの効果を直接証明したものではありません。また、使用されたシロシビンの用量(体重1kgあたり2mg)が、ヒトの治療用量と完全に対応するかについても、さらなる検討が必要です。

しかし、研究チームは患者由来のグリオーマ細胞を用いた実験や、ヒト腫瘍サンプルのトランスクリプトーム解析(遺伝子発現解析)も行っており、5HT2A受容体がヒトのグリオーマでも高発現していることを確認しています。このことは、マウスでの発見がヒトにも適用できる可能性を示唆しています。

今後は、ヒトを対象とした観察研究や、脳腫瘍患者に対するサイケデリック療法の影響を追跡する長期研究が必要とされています。また、5HT2A拮抗薬を用いた脳腫瘍治療の前臨床・臨床研究も期待されます。

まとめ:シロシビンと脳腫瘍の関係を理解する

スタンフォード大学の研究チームによる今回の発見は、サイケデリック療法の可能性と限界について、より深い理解を促すものです。シロシビンをはじめとするサイケデリック物質は、5HT2A受容体を介して脳腫瘍細胞の増殖を促進する可能性があり、特に脳腫瘍患者やそのリスクがある人々には慎重な対応が求められます。

一方で、この研究は5HT2A受容体拮抗薬による脳腫瘍治療という新たな治療戦略の可能性も示しています。ピマバンセリンやミルタザピンなど、既存の薬剤が脳腫瘍治療に応用できる可能性は、今後の研究で検証されるべき重要なテーマです。

サイケデリック療法の研究は今後も進展していくでしょうが、この研究結果は、その恩恵とリスクを慎重に天秤にかける必要性を改めて示しています。特にがん患者へのサイケデリック療法については、より詳細なリスク評価と患者選択基準の確立が急務となっています。

Drexler, R., Yalçın, B., Mancusi, R., Rogers, A., Shamardani, K., Woo, P. J., Ravel, A., Wu, S., Yabo, Y. A., Steger, L., Oliveira de Biagi-Junior, C. A., Lo Cascio, C., Malenka, R., Heifets, B. D., Filbin, M. G., Heiland, D. H., Deisseroth, K., & Monje, M. (2025). Serotonergic neuron-glioma interactions drive high-grade glioma pathophysiology. bioRxiv. https://doi.org/10.64898/2025.12.10.693579

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

この記事を書いた人
ユウスケ

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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