近年の「サイケデリック・ルネサンス」により、精神医学・心理学分野で注目を集めるサイケデリック物質とその治療応用。本解説集では、基本的な物質や重要人物から最新の研究概念まで、この分野を理解するために必要な用語を包括的にまとめました。
物質・化合物
シロシビン

マジックマッシュルームに含まれる天然のサイケデリック化合物。体内でシロシンに変換され、セロトニン受容体に作用する。うつ病、PTSD、終末期不安などの治療研究が進んでおり、FDAからブレイクスルーセラピー指定を受けている。4〜6時間程度の作用時間で、比較的穏やかな効果が特徴。
LSD
リゼルグ酸ジエチルアミド。1943年にアルベルト・ホフマンによって発見された合成サイケデリック。極めて少量(マイクログラム単位)で強力な意識変容作用を示す。8〜12時間の長時間作用が特徴で、視覚的幻覚や時間感覚の変化を引き起こす。1960年代のカウンターカルチャーで広く使用されたが、現在は厳格に規制されている。
MDMA
メチレンジオキシメタンフェタミン。通称「エクスタシー」「モリー」。エンパソジェン(共感促進物質)として分類され、他者への共感や愛情を高める効果がある。PTSD治療での臨床試験が進行中で、治療セッションでのコミュニケーション促進に活用される。3〜5時間の作用時間で、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンに作用する。
DMT
ジメチルトリプタミン。南米のアヤワスカの主要成分としても知られる強力なサイケデリック。煙草として吸引すると15〜30分の短時間で非常に強烈な体験を引き起こす。「スピリットモレキュール」とも呼ばれ、多くの植物や動物(人間の脳内含む)に天然に存在する。異次元的な視覚体験や存在との遭遇が報告される。
ケタミン
元々は麻酔薬として開発されたが、低用量でサイケデリック効果を示す。うつ病治療薬として2019年にFDA承認を受けた初のサイケデリック系薬物(エスケタミン点鼻薬)。NMDA受容体拮抗薬として作用し、従来の抗うつ薬とは異なるメカニズムを持つ。解離性の体験や「ケーホール」と呼ばれる状態が特徴的。
メスカリン
ペヨーテサボテンやサンペドロサボテンに含まれる天然のサイケデリック化合物。北米先住民の宗教的儀式で数千年にわたって使用されてきた歴史がある。LSDに似た効果を持つが、より長時間(10〜12時間)作用し、身体感覚への影響が強い。フェネチルアミン系化合物で、アドラ・ハクスリーの「知覚の扉」でも取り上げられた。
ブフォテニン
ヒキガエル(特にコロラドリバーヒキガエル)の毒腺から分泌される化合物で、5-HO-DMTとも呼ばれる。南米のヤポ(cohoba)と呼ばれる儀式用粉末にも含まれる。DMTと似た短時間で強烈な作用を示すが、より身体的な不快感を伴うことがある。近年、ヒキガエルの毒を乾燥させて吸引する使用法が注目されている。
5-MeO-DMT
5-メトキシ-N,N-ジメチルトリプタミン。コロラドリバーヒキガエルの毒腺に含まれる強力なサイケデリック化合物で、通常のDMTよりもはるかに強力とされる。「神の分子」とも呼ばれ、短時間(15〜45分)で深い神秘的体験や自我の完全な消失を引き起こす。視覚的幻覚は少なく、むしろ意識の根本的変容に特徴がある。一部の植物にも含まれるが、主にヒキガエルの毒から摂取される。
ペヨーテ

メキシコとアメリカ南西部の砂漠に自生する小さなサボテン(ロフォフォラ・ウィリアムシィ)。メスカリンを主要な精神活性成分として含有する。北米先住民、特にヒューチョル族やコマンチェ族によって数千年間にわたり宗教的・治癒的儀式で使用されてきた。アメリカでは先住民宗教団体(Native American Church)での使用が合法的に保護されている。成長が極めて遅く(成熟まで10〜30年)、持続可能性が懸念されている。
重要人物
アルベルト・ホフマン(1906-2008)

スイスの化学者で「LSDの父」として知られる。1943年にLSDの精神作用を偶然発見し、世界初の意図的なLSD体験を行った(自転車の日)。サンド社(現ノバルティス)で働き、シロシビンの構造も解明した。晩年まで精神活性物質の研究に携わり、サイケデリック研究の基礎を築いた重要人物。
マリア・サビーナ(1894-1985)

メキシコ・オアハカ州のマサテク族のシャーマン(クランデーラ)。シロシビン含有キノコを用いた伝統的治癒儀式を西洋世界に紹介した。1955年にR・ゴードン・ワッソンとの出会いをきっかけに、サイケデリック・キノコが世界的に知られるようになった。「聖なるキノコの母」として尊敬され、先住民の智慧の継承者として重要な役割を果たした。
ティモシー・リアリー(1920-1996)

ハーバード大学の心理学者で、1960年代のサイケデリック運動の中心人物。「Turn on, tune in, drop out」のスローガンで知られる。LSDやシロシビンの研究を行ったが、学術的アプローチを超えて社会運動化したためハーバードを解雇された。サイケデリックの大衆化に大きな影響を与えたが、同時に規制強化のきっかけも作った複雑な人物。
テレンス・マッケナ(1946-2000)

アメリカの民族植物学者、作家、講演家。「ストーンド・エイプ仮説」を提唱し、人類の意識進化にサイケデリックが関与したと主張した。DMTやシロシビンの体験について詩的で哲学的な表現で語り、多くの愛好者に影響を与えた。「サイケデリック・ルネサンス」の精神的指導者の一人として現在も影響力を持つ。
スタニスラフ・グロフ(1931-)

チェコ出身の精神科医で、LSD精神療法の先駆者。1950〜60年代にプラハでLSDを用いた治療研究を行い、後にアメリカに移住してさらに研究を発展させた。ホロトロピック・ブレスワークを開発し、薬物を使わない意識変容技法も確立。サイケデリック体験の地図づくりと理論化に大きく貢献した。
リック・ドブリン(1953-)
MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)の創設者・代表。1986年からサイケデリック研究の合法化と医療応用を目指して活動している。MDMAによるPTSD治療の臨床試験を主導し、FDAでの承認を目指している。現代のサイケデリック・ルネサンスの実用的なリーダーとして、科学と政策の橋渡し役を担っている。
ロビン・カーハート・ハリス(1980-)

イギリスの神経精神薬理学者で、現代サイケデリック研究の第一人者。インペリアル・カレッジ・ロンドンでシロシビンやLSDの脳科学的研究を主導し、「デフォルトモードネットワーク」抑制理論を提唱した。現在はカリフォルニア大学サンフランシスコ校でサイケデリック研究センターを率いる。科学的エビデンスに基づくサイケデリック医学の確立に貢献している。
機関・組織
OHA(Oregon Health Authority)
オレゴン州保健局。2020年の住民投票で可決されたMeasure 109により、アメリカで初めてシロシビン治療の合法化を監督する州機関となった。ライセンス制度の構築、施設の認可、従事者の研修プログラムなど、サイケデリック治療の制度化を進めている。2023年から段階的にシロシビン・サービスの提供が開始されており、世界のサイケデリック政策のモデルケースとして注目されている。
MAPS(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)
1986年にリック・ドブリンによって設立された非営利研究団体。サイケデリック物質とマリファナの医療・科学的研究を支援し、教育と政策提言を行っている。MDMAによるPTSD治療の臨床試験を主導し、FDA承認を目指している。世界最大のサイケデリック研究支援組織として、学際的なアプローチでこの分野の発展をリードしている。
FDA(Food and Drug Administration)
アメリカ食品医薬品局。医薬品の承認を担う連邦機関で、サイケデリック医療の実用化において最も重要な機関の一つ。2017年にMDMAのPTSD治療、2018年にシロシビンのうつ病治療を「ブレイクスルーセラピー」に指定し、迅速な審査プロセスを提供している。ケタミン系薬物エスケタミンを2019年に承認するなど、サイケデリック医療の制度化を進めている。
ジョンズ・ホプキンス大学
アメリカの名門大学で、現代サイケデリック研究の最重要拠点の一つ。2000年にローランド・グリフィスらがシロシビン研究を再開し、サイケデリック・ルネサンスの火付け役となった。2019年には世界初のサイケデリック研究センターを設立。終末期患者への治療、健常者での神秘体験研究、依存症治療など幅広い臨床研究を展開し、この分野の科学的復権をリードしている。
インペリアル・カレッジ・ロンドン
イギリスの理工系名門大学で、ヨーロッパにおけるサイケデリック研究の中心地。デイビッド・ナットとロビン・カーハート・ハリスらが精神薬理学部門でシロシビン、LSD、DMTの神経科学的研究を主導している。脳イメージング技術を駆使した研究で「デフォルトモードネットワーク」理論などの重要な知見を生み出している。サイケデリック治療の科学的基盤構築に大きく貢献している。

概念・体験
セットとセッティング
サイケデリック体験の質を決定する二つの重要な要因。「セット」は使用者の心理状態(気分、期待、恐れ、人格など)、「セッティング」は物理的・社会的環境(場所、同席者、音楽、照明など)を指す。ティモシー・リアリーが普及させた概念で、適切なセットとセッティングを整えることで、安全で有益な体験が促進されるとされる。現代の治療的使用でも基本原則として重視されている。
ASC(Altered States of Consciousness / 意識の変容状態)
通常の覚醒意識とは異なる意識状態の総称。サイケデリック物質、瞑想、断食、音楽、呼吸法などによって引き起こされる。知覚の変化、時間感覚の歪み、自我境界の変容、神秘的体験などが特徴。チャールズ・タートらの研究により学術的概念として確立され、現在は神経科学的メカニズムの解明が進んでいる。
DMN(Default Mode Network / デフォルトモードネットワーク)
安静時に活発になる脳内ネットワークで、自己言及的思考や心の wandering に関与している。サイケデリック物質はこのネットワークの活動を抑制することが neuroimaging 研究で明らかになっている。DMN の過活動はうつ病や不安障害と関連があるとされ、サイケデリックの治療効果のメカニズムとして注目されている。ロビン・カーハート・ハリスらの研究で提唱された概念。
神経可塑性
神経系が経験や環境に応じて構造や機能を変化させる能力。サイケデリック物質は脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現を促進し、新しい神経結合の形成や樹状突起の成長を促すことが研究で示されている。この神経可塑性の促進が、サイケデリックの長期的な治療効果や人格変化の生物学的基盤と考えられている。うつ病治療における重要なメカニズムの一つ。
5-HT2A受容体
セロトニン受容体のサブタイプの一つで、多くのクラシック・サイケデリック(LSD、シロシビン、メスカリン、DMTなど)の主要な作用部位。大脳皮質、特に前頭前野に高密度で存在し、知覚、認知、意識に深く関与している。サイケデリック物質がこの受容体に結合することで、視覚的幻覚、意識変容、神秘的体験などが引き起こされる。現代のサイケデリック研究では、この受容体の活性化が治療効果の根本的メカニズムと考えられている。
バッドトリップ
サイケデリック体験中に起こる困難で苦痛な状態。強い不安、恐怖、パニック、パラノイア、混乱などが特徴的で、時に外傷的な体験となる場合もある。不適切なセットとセッティング、高用量、精神的準備不足などが原因となることが多い。適切なサポートがあれば多くの場合は時間とともに改善するが、長期的な心理的影響を残すこともある。現代の治療的使用では、事前のスクリーニングと専門的サポートによって予防に重点が置かれている。
制度・規制
Schedule I
アメリカの規制物質法における最も厳格な薬物分類。「医療用途がなく、乱用の可能性が高い」とされる物質が分類される。LSD、シロシビン、MDMA、DMTなどほとんどのサイケデリック物質がこのカテゴリーに含まれる。Schedule I指定により研究が極めて困難になり、1970年代以降のサイケデリック研究停滞の主要因となった。近年の治療的研究の進展により、一部物質の再分類を求める声が高まっている。
実践・方法
サイケデリックファシリテーター
サイケデリック体験をサポートする専門的な役割を担う人。医学的な治療者とは異なり、体験の案内や心理的サポートに特化している。オレゴン州などの合法化地域では公式な資格制度が整備されつつある。セットとセッティングの調整、事前準備、体験中の見守り、事後の統合支援などを行う。シャーマンや伝統的治癒者の現代版として位置づけられることもある。
リトリート
サイケデリック体験を目的とした合宿形式のプログラム。数日から一週間程度の期間で、適切な環境と専門的サポートの下で体験が行われる。南米のアヤワスカ・リトリートが有名だが、合法化の進展により西欧諸国でも増加している。事前の準備、体験セッション、事後の統合ワークを組み合わせた包括的なアプローチが特徴。
マイクロドーシング
サイケデリック物質を知覚できないほどの微量(通常の1/10〜1/20)で定期的に摂取する実践。LSDやシロシビンで主に行われ、創造性向上、気分改善、集中力向上などの効果が報告されている。幻覚作用を避けながら認知機能への利益を得ることを目的とする。科学的研究はまだ限定的だが、シリコンバレーなどで人気が高まっている現象。
アヤワスカ
南米アマゾン流域の先住民が宗教的・治癒的儀式で使用する植物性の飲み物。DMTを含むチャクルーナ(サイコトリア・ビリディス)とMAO阻害剤を含むアヤワスカ蔓(バニステリオプシス・カーピ)を煮出して作る。「植物の教師」として尊敬され、西欧でも精神的探求や治癒を求める人々に広まっている。ブラジルでは宗教的使用が合法化されており、世界各地でセレモニーが行われている。
シャーマン
世界各地の先住民社会で精神世界と物質世界を仲介する宗教的・治癒的役割を担う人。植物性精神活性物質を用いた儀式を通じて、病気治癒、予言、共同体の問題解決などを行う。サイケデリック文脈では、アヤワスカやペヨーテなどの伝統的使用の継承者として重要視される。現代のサイケデリック・ファシリテーターや治療者の原型的存在とも考えられている。
インテグレーション
サイケデリック体験後に、その体験から得た洞察や気づきを日常生活に統合するプロセス。体験中の記憶や感情を整理し、人生の変化や成長につなげるために重要とされる。専門的なセラピストやサポートグループが統合作業を支援することが多い。適切なインテグレーションなしには、せっかくの深い体験も一時的なものに終わってしまう可能性がある。現代のサイケデリック治療では必須の要素として位置づけられている。
理論・歴史
ストーンド・エイプ理論
テレンス・マッケナが提唱した人類進化仮説。約200万年前、アフリカの気候変動で森林が草原に変化した際、類人猿がシロシビン含有キノコを摂取し始めたことが人類の意識進化を加速させたという理論。キノコの摂取により言語能力、抽象思考、宗教的意識が発達し、現代人の脳容量拡大や文化的進歩につながったと主張する。科学的証拠は限定的だが、意識とサイケデリックの関係について興味深い視点を提供している。
トランスパーソナル心理学
個人の枠を超えた(trans-personal)意識体験や精神現象を研究対象とする心理学の分野。スタニスラフ・グロフらがLSD研究から発展させ、神秘体験、スピリチュアルな意識状態、死と再生の体験などを科学的に探求する。サイケデリック体験で報告される自我の超越や宇宙との一体感などを理解する理論的枠組みとして重要。現代のサイケデリック治療における体験の解釈や統合プロセスでも活用されている。
人間中心性アプローチ
カール・ロジャーズ(1902-1987)が提唱した人間中心アプローチに基づく心理療法。「無条件の肯定的関心」「純粋性」「共感的理解」を治療者の基本姿勢とし、クライアントの自己実現を支援する非指示的アプローチを特徴とする。現代のサイケデリック支援療法では、体験者を判断せずに受容し、体験者自身の内的智慧を信頼するロジャーズ的な治療姿勢が重視されている。MAPSのMDMA治療プロトコルなどでも、この理論が治療者研修の基礎となっている。
REBUS理論
「Relaxed Beliefs Under Psychedelics(サイケデリック下での信念の緩和)」の略。ロビン・カーハート・ハリスらが提唱したサイケデリックの作用メカニズム理論。サイケデリック物質が既存の信念体系や認知的枠組みを一時的に緩め、より柔軟で開放的な思考状態を生み出すとする。この「信念の緩和」により、固着した思考パターンや問題解決の新たな視点が得られ、うつ病や不安障害などの治療効果につながると考えられている。DMNの抑制と密接に関連する現代サイケデリック研究の中核理論の一つ。
MKウルトラ
1950年代から1970年代にかけてCIAが実施した極秘の洗脳・マインドコントロール研究プログラム。LSDを中心とするサイケデリック物質を、しばしば被験者の同意なしに投与し、記憶操作や行動制御の可能性を探った。カナダの精神科医ユーアン・キャメロンらも関与し、多くの患者が深刻な被害を受けた。この非倫理的な実験の発覚により、サイケデリック研究全体への不信が高まり、1970年代の厳格な規制強化の一因となった。サイケデリック史の最も暗い章として記録されている。
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。