2020年の住民投票で可決されたオレゴン州の画期的な法案109が、ついにサイケデリック医療の新時代を切り開きました。世界初となる合法的なシロシビンサービスの提供開始により、メンタルヘルス治療の概念が根本的に変革される可能性について詳しく解説します。
オレゴン州シロシビン合法化の歴史的意義

2020年11月3日、アメリカ・オレゴン州の住民投票において、シロシビン(マジックマッシュルーム)による治療サービスを合法化する法案109が58%の賛成票を得て可決されました。この決定は、単なる薬物政策の変更を超えて、世界のメンタルヘルス治療に革命をもたらす可能性を秘めています。
オレゴン州は1973年にアメリカで初めてマリファナを非犯罪化した先進的な州として知られていますが、今回のシロシビン合法化は、州レベルでサイケデリック療法を認可する世界初の事例となりました。2023年夏から実際にサービス提供が開始され、現在19の施設がライセンスを取得して営業しています。
この法案の背景には、従来の抗うつ薬では効果が得られない治療抵抗性うつ病患者の増加や、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に対する新たな治療法への切実な需要があります。研究によると、現在の抗うつ薬は患者の3分の1には効果がないとされており、シロシビン療法はこれらの限界を突破する可能性を示しています。
オレゴン州のシロシビンサービス法包括的なライセンス制度

オレゴン州のシロシビンサービス法(ORS 475A)は、4つの基本的なライセンスタイプを設定しています。
製造業者ライセンス(Manufacturer License)
製造業者ライセンスは、シロシビン製品の室内栽培や加工を行う施設に必要で、菌類栽培、抽出、食用製品製造の各分野での専門的な承認が求められます。すべての製品は検査、包装、ラベル付けを経てからライセンス取得済みサービスセンターに転送される必要があります。
検査機関ライセンス(Laboratory License)
検査機関ライセンスは、種の特定、製品効力、溶媒検査を実施する施設向けで、オレゴン環境研究所認定プログラムによる事前認定が必須となっています。検査機関はシロシビンの存在と効力をミリグラム単位で測定し、必要に応じて微生物、重金属、農薬の追加検査も実施します。
サービスセンターライセンス(Service Center License)
サービスセンターライセンスは、実際にクライアントとの接触が行われる施設で、シロシビン製品の購入と摂取が合法的に行える唯一の場所となります。これは販売所モデルではなく、準備セッション完了後のクライアントのみが製品を購入・摂取できる厳格な制度となっています。
ファシリテーターライセンス(Facilitator License)
ファシリテーターライセンスは、非指導的なアプローチでクライアントをサポートする個人向けのライセンスで、クライアントの安全確保において最も重要な役割を担っています。訓練を受けたライセンス取得ファシリテーターは、実践範囲と専門レベル内で活動し、潜在的な安全リスクを特定してサイケデリック療法を通じてクライアントをサポートします。
サイケデリックファシリテーターの詳細な職務範囲と制限事項

ファシリテーターの役割は厳格に規定されており、「非指示的ファシリテーション」の原則に基づいて行動する必要があります。これは、クライアントが意思決定を行い、ファシリテーターはクライアントとの一貫した態度を維持しながら、健康と安全上の理由でない限り、直接的なアドバイスや解釈を避けるアプローチです。
身体的接触に関する厳格な規定
ファシリテーターがクライアントに触れることができるのは、OAR 333-333-5170で定められた「支援的タッチ」のタイプのみに限定されています。クライアントは、実施セッション開始前に「支援的タッチの使用に関するクライアント同意書」を完成させることで、あらゆるタッチの使用に書面で同意する必要があります。ファシリテーターは、健康と安全に対する予期しないリスクを軽減するために必要な場合を除き、クライアントとトイレに同行することは禁止されています。
他の専門ライセンスとの厳格な分離
ライセンス取得ファシリテーターは他の専門ライセンスを保持することも可能ですが、準備、実施、統合セッションをクライアントに提供している間は、他の専門ライセンスタイプで実践することは一切できません。例えば、医師や心理療法士の資格を持つファシリテーターであっても、シロシビンサービス提供中はファシリテーターとしてのみ行動し、医療行為や心理療法を行うことは禁止されています。
薬物や栄養補助食品への対応制限
ファシリテーターは、処方薬、市販薬、栄養補助食品をクライアントに提供したり、これらの摂取を支援したりすることはできません。実践範囲内に留まるため、ファシリテーターはこれらの物質をクライアントに推奨することも禁止されています。クライアントが実施セッション中にこれらを摂取する必要がある場合、支援はクライアントサポート担当者のみが行うことができます。
緊急時対応とその限界
ファシリテーターとサービスセンターのライセンス代表者は、実施セッション中にクライアントの体験が不快または困難になった場合に対応し、支援することが訓練されています。しかし、医療または行動上の緊急事態が発生した場合、ファシリテーターは救急サービスに連絡する必要があり、サービスセンターのライセンス代表者はOPSに緊急サービスが呼び出されたことを通知する義務があります。
シロシビンサービス提供の厳格なプロセス

シロシビンサービスは3つの必須段階で構成されています。
準備セッション
準備セッションでは、クライアントが最低1回、ライセンス取得ファシリテーターとの面談を行います。この段階でクライアント情報の収集、インフォームドコンセント、クライアント権利章典、アクセシビリティニーズ、安全・サポート計画、交通計画の確認が実施されます。準備セッション中にクライアントは一連の必要書類を完成させ、標準化されたクライアント情報フォームへの回答により、サービスを受けることができるかどうかの判断や、実施セッション中に認定クライアント支援者の同席が必要かどうかが判定されます。
投与セッション
投与セッションは、クライアントがシロシビン製品を購入・摂取できる唯一のタイミングとなります。クライアントは摂取するシロシビンの用量に基づいて設定された最低時間、サービスセンターに留まることが義務付けられています。グループ実施セッションでは特定のクライアント・ファシリテーター比率が必要となり、実施セッション中に医療または行動上の緊急事態が発生した場合、ファシリテーターとサービスセンターは緊急サービスへの連絡、事象の記録、OPSへの緊急サービス通報の通知が義務付けられています。
統合セッション
統合セッションは任意ですが、すべてのクライアントに提供される必要があります。ファシリテーターは実施セッション完了後72時間以内にすべてのクライアントと連絡を取り、クライアントの状況確認と任意の統合セッションの提供を行います。統合セッション中、ファシリテーターはクライアントの安全・サポート計画を見直し、コミュニティリソース、ピアサポートネットワーク、その他のコミュニティベース統合機会への紹介を行う可能性があります。
サイケデリック療法の科学的根拠と治療効果

最近の臨床研究により、シロシビンの治療効果に関する科学的証拠が急速に蓄積されています。研究によると、シロシビンはうつ病、不安、トラウマ、依存症の治療に有効である可能性が示されており、精神的な健康向上も報告されています。
シロシビンは脳内の神経伝達物質セロトニンと類似した化学構造を持ち、主にセロトニン受容体の5-HT2A受容体に親和性を示します。従来の抗うつ薬であるSSRIやSNRIが人間の脳内セロトニン受容体を利用するのに対し、シロシビンはより根本的なメカニズムで作用する可能性が示唆されています。
特に注目すべきは、シロシビンの致死量が標準使用量の1000倍という高い安全性です。これはアルコールの約11倍という数値と比較すると、その安全性の高さが理解できます。痙攣や昏睡などの重症例は極めて稀で、死亡に至るケースはほとんど報告されていません。
制御された条件下での臨床試験では害の兆候は確認されておらず、依存性もないことが明らかになっています。むしろ生涯におけるシロシビン使用は、精神医学的な入院や薬物処方の減少と関連があることが示されています。
現在、重度うつ病性障害の治療薬として独自の重水素化シロシビンアナログであるCYB003の開発が進められており、FDA(米国食品医薬品局)の画期的治療薬指定を受けています。16mg投与群の75%の患者が2回の投与で寛解を達成したという驚異的な結果も報告されています。
代表的なシロシビンサービスセンター
2024年12月現在、オレゴン州では31のライセンス取得済みサービスセンターが営業しており、356名の認可ファシリテーターがサービスを提供しています。約8,000名のクライアントが治療を受けており、個人セッションかグループセッションか、摂取量の多少によって料金は800ドルから3800ドル程度となっており、予約は数ヶ月以上先まで埋まっている状況が続いています。
オレゴン州で実際に営業している代表的な施設をいくつかご紹介します。
EPIC Healing Eugene(ユージーン)

オレゴン州初のシロシビンサービスセンターとして2023年6月に開業した歴史的な施設です。2つのオフィススイートでサービスを提供しており、3,500人以上の待機リストを抱えるほどの高い需要を誇ります。月間わずか20セッションの提供能力に対して圧倒的な需要があり、オレゴン州のシロシビン療法への関心の高さを物語っています。
Satya Therapeutics(アシュランド)

2023年7月から営業を開始し、サービスセンターライセンスに加えて製造ライセンスも保有している珍しい施設です。メドフォードにある別の施設でシロシビン製品の製造も行っており、統合的なサービス提供が特徴です。これまでに28名の患者を治療しており、州外からのクライアントが約80%を占めています。契約ファシリテーターの料金は800ドルから2,800ドルの範囲となっています。
InnerTrek(ポートランド)

ポートランドを代表するサービスセンターの一つで、デイセッション(1,200ドル)からリトリート形式(2,500ドル)まで幅広いオプションを提供しています。ライセンス取得済みプロフェッショナルカウンセラーも在籍しており、「継続的なケア」の提供を重視した運営を行っています。
Omnia Group Ashland(アシュランド)

ジャクソン郡に位置する認可施設で、新しい規則変更に積極的に対応している施設として知られています。年間4時間の継続教育要件など、業界の発展に合わせた高品質なサービス提供を目指しています。
これらの施設は、オレゴン州保健局の公式ライセンスディレクトリで最新の営業状況を確認できます。施設の営業状況は変動することがあるため、利用を検討される際は直接施設にお問い合わせいただくことをお勧めします。
この高い需要は、従来の治療法では改善が見られなかった患者層からの切実なニーズを反映しています。特に治療抵抗性うつ病やPTSDに苦しむ患者にとって、シロシビン療法は希望の光となっています。
安全性確保のため、厳格なガイドラインが設定されています。クライアントは21歳以上である必要があり、オレゴン州の居住者である必要はありません。処方箋や医師の紹介状も不要ですが、すべてのクライアントは使用前にライセンス取得ファシリテーターとの準備セッションを受ける必要があります。
世界への波及効果と他地域の動向
オレゴン州の成功は世界中に波及効果をもたらしています。カリフォルニア州では2021年に議員がシロシビン、MDMA、LSD、ケタミン、DMT、メスカリンなどの幻覚剤を非犯罪化する法案を提出し、州司法長官がこの法案の署名集めを承認しています。
オーストラリアでは2023年7月からシロシビンとMDMAを治療薬として処方することが合法となっており、世界的なサイケデリック医療の承認が加速しています。
日本でも変化の兆しが見えています。大塚製薬がカナダのトロントを拠点に神経疾患や精神疾患の治療を目的としたサイケデリック医薬品の研究開発を行うマインドセット社を完全子会社化しています。この動きにより、日本でもサイケデリック治療に対するネガティブな認識に変化がもたらされる可能性があります。
また、世界のサイケデリック薬市場規模は2023年に27.1億ドルと評価され、2024年から2031年の予測期間中に年平均成長率13.3%で成長し、2031年までに73.5億ドルに達すると予測されています。
課題と今後の展望
一方で、シロシビン合法化には課題も存在します。最大の懸念は、連邦法では依然としてシロシビンがスケジュールI物質として分類されており、連邦政府による介入の可能性が残ることです。また、長期的な安全性データの蓄積や、適切な用量設定、個人差への対応など、解決すべき課題は多くあります。
教育とトレーニングも重要な課題です。ファシリテーターには約200時間のトレーニングが必要とされ、様々な教育機関が州認定のシロシビンファシリテーター教育機関になるための準備を進めています。各種ホテルやリゾート施設も、シロシビンサービス施設のライセンス取得のための投資と準備を開始しています。
まとめ:シロシビン合法化の歴史的意義と未来への道筋
オレゴン州のシロシビン合法化は、単なる薬物政策の変更を超えて、人類のメンタルヘルス治療における歴史的転換点となっています。世界初の包括的な規制フレームワークの確立により、これまでタブー視されてきたサイケデリック物質が、科学的根拠に基づく治療選択肢として認められるようになりました。
この先駆的な取り組みは、治療抵抗性うつ病やPTSDに苦しむ無数の患者に新たな希望をもたらしています。従来の治療法では改善が見られなかった症例に対して、シロシビン療法は革新的な解決策を提供する可能性を示しています。
重要なのは、オレゴン州が単なる非犯罪化ではなく、厳格な規制と安全性確保を前提とした合法化モデルを構築したことです。ライセンス制度、品質管理、ファシリテーターのトレーニング、クライアントの安全確保など、包括的なシステムが整備されており、他の地域が参考にできるモデルケースとなっています。
今後、オレゴン州の成果が実証されれば、世界各国でサイケデリック医療の合法化が加速する可能性が高くなります。日本を含む多くの国々が、メンタルヘルス危機への対応策として、この革新的なアプローチに注目しています。
サイケデリック療法の普及により、精神医学の概念そのものが変革される可能性もあります。従来の対症療法から、より根本的で持続的な治癒を目指すアプローチへの転換が期待されています。オレゴン州の挑戦は、人類がメンタルヘルスと向き合う新たな時代の幕開けを告げているのかもしれません。
Danton, S. (2025, January). Introduction to regulated psilocybin services in Oregon. Oregon Health Authority. Retrieved from Oregon Psilocybin Services. https://www.youtube.com/watch?v=99eCetv9uyw
Oregon Health Authority. (2024, March). Oregon Psilocybin Services fact sheet. Public Health Division. https://www.oregon.gov/oha/PH/PREVENTIONWELLNESS/Documents/OPS-Fact-Sheet.pdf
Oregon Health Authority. (2025, May). Guidance on administrative rules. Oregon Psilocybin Services Section. https://www.oregon.gov/oha/PH/PREVENTIONWELLNESS/Documents/OPS-Guidance-on-Administrative-Rules.pdf
本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。