シロシビン療法、日本初の臨床試験が完遂|慶應大12例の結果を解説

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日本ではこれまで一度も行われてこなかったシロシビンの臨床試験が慶應義塾大学病院で完遂し、2026年6月にその結果が公開されました。本記事では、治療抵抗性うつ病の患者12名を対象としたこの国内初の試験について、完遂率や抑うつ症状の変化、副作用、脳画像による作用機序の探索までをわかりやすく紹介します。

国内初のシロシビン臨床試験:12例中11例が2コースを完遂

日本で初めて実施されたシロシビンの臨床試験は、事前に設定された実行可能性の基準を満たして終了しました。

慶應義塾大学病院精神・神経科の内田裕之教授を統括管理者とするこの研究(jRCTs031230351)は、2023年9月に登録され、2026年2月に観察期間を終えています。登録された12名全員が少なくとも1回のシロシビン投与を受け、そのうち11名が2コースすべてを完遂しました。完遂率は91.7%(95%信頼区間 61.5〜99.8)。研究チームは「12例中10例以上が完遂すれば実行可能性あり」と事前に定めており、その基準をクリアしたことになります。

主なポイントを整理すると、次のようになります。

  • 対象:抗うつ薬が効きにくい「治療抵抗性うつ病」の患者12名(平均年齢44.8歳、平均罹病期間14.8年)が参加し、全員が外来通院中の方でした。
  • 有効性の兆し:うつ症状の代表的な評価尺度であるMADRSの総点が、治療後・4週後・8週後のいずれの時点でもベースラインから平均10点前後低下しました。
  • 安全性:重篤な有害事象、死亡、中等症以上の有害事象、有害事象による中止は、いずれも一件も報告されていません。

ただし、この試験は12名の単群オープンラベル試験です。「シロシビンがうつ病に効くことが証明された」と言える設計ではありません。その理由は後半で詳しく説明します。

試験デザイン:治療抵抗性うつ病12名に2コースのシロシビン療法

対象となった「治療抵抗性うつ病」とは

うつ病患者のおよそ30%は、標準的な抗うつ薬治療で十分な改善が得られないとされています。この状態が治療抵抗性うつ病です。今回の試験では「現在のうつエピソードに対して、2種類以上の抗うつ薬を承認された用量で6週間以上使ったが反応が不十分」という条件が設けられました。加えて、登録時のMADRS総点が20点以上(中等症以上に相当)であることも求められています。

参加者のベースラインMADRSは平均32.3点でした。これは決して軽くない水準です。長年うつと付き合ってきた方々が対象だった、と考えるとイメージしやすいでしょう。

1コースは「準備・投薬・振り返り」の4セッションでできている

サイケデリック療法という言葉から、薬を飲んで終わり、という印象を持つ方もいるかもしれません。実際はまったく違います。

この試験では、準備セッション1回・投薬セッション1回・振り返りセッション2回の計4回で1コースを構成し、これを2コース、合計8セッション実施しました。準備セッションでは、投与中に起こりうる体験や不安が出たときの対処法を、ファシリテーターとあらかじめ話し合います。投薬セッションは入院病棟の個室で行われ、参加者はアイマスクを着け、環境音楽(または無音)のヘッドセットを装着して横になり、自身の内面に意識を向けます。翌日と1週間以内に振り返りセッションを行い、体験を言語化していきます。

薬は「触媒」であり、その前後の対話が治療の器になる——サイケデリック療法の設計思想は、この一連の流れによく表れています。意識の変容は服用後45〜90分でピークに達し、6時間程度で消えていきます。

10mgから25mgへ:安全性を確認しながら進めた用量設定

海外の臨床試験では25mgが治療用量と考えられていますが、アジア人での用量データは存在しませんでした。そこで今回は、まず最初の6名に海外の半量である10mgを投与し、効果安全性評価委員会が安全性を確認したうえで、後半の6名を25mgへ増量しています。最終的に10mg群6名、25mg群6名という構成になりました。慎重すぎるほど段階を踏んだ設計と言えます。

抑うつ症状の変化:MADRSは8週後まで平均10点の低下

3つの評価尺度がそろって改善した

副次評価項目である抑うつ症状は、3つの尺度で改善を示しました。

MADRS(医師が評価する尺度)の変化量は、治療後 −9.9点(p=0.0008)、4週後 −9.8点(p=0.0008)、8週後 −10.3点(p=0.0012)。HDRS(同じく医師評価)は治療後 −5.3点、8週後 −4.1点。QIDS-SR(患者さん自身が記入する尺度)も治療後 −3.7点、8週後 −4.2点と、いずれも統計学的に有意な低下でした。

注目したいのは、8週後になっても効果が減衰していない点です。従来の抗うつ薬は効果発現までに1か月以上かかり、中断すれば再発リスクが高まります。それに対しシロシビンは、2回の投薬だけで2か月後まで改善が保たれていました。海外では効果が6か月から12か月持続したという報告もあり、今回の8週間という観察期間はその入り口を捉えたにすぎません。なお本試験の参加者には、第2回投薬から52週後までを追う別の追跡調査も用意されています。

一方で、動かなかった指標もある

正直にお伝えすると、改善しなかった項目のほうが数としては多いのです。強迫症状(Y-BOCS)、希死念慮(C-SSRS)、睡眠の質(PSQI、AIS)、認知機能(RBANS、LNS、SNST、TMT)、そして感情調節・レジリエンス・楽観性・首尾一貫感覚といった心理特性の指標では、平均値の変動はあったものの、統計学的に有意な変化は認められませんでした。

12名という規模では、小さな変化を検出する統計的な力(検出力)がそもそも足りません。「変わらなかった」ではなく「今回の規模では変化を捉えられなかった」と読むのが妥当でしょう。

安全性の実際:重篤な有害事象はゼロ、ほてりや集中困難は一過性

主要評価項目である安全性の結果は、この試験の最大の収穫かもしれません。

研究期間中に1件以上の有害事象を経験したのは12名中8名(66.7%)。しかし、重篤な有害事象、死亡、中等症以上の有害事象、有害事象による中止は、いずれもゼロでした。報告された主な症状は、ほてり(3名・5件)、集中困難(3名・5件)、血圧上昇(2名・4件)、不安感(2名・3件)、38℃未満の体温上昇、しびれ感、めまい、眠気、頭痛など。すべて軽度かつ一過性です。

背景として押さえておきたいのが、インペリアル・カレッジ・ロンドンのデイヴィッド・ナット教授らによる依存性物質の危険度評価です。総合危険度はアルコールが72、ヘロインが55、コカイン27、タバコ26、ベンゾジアゼピン15であるのに対し、シロシビンは6でした。「麻薬指定=危険」という直感と、実際の薬理学的リスクの序列は、必ずしも一致しません。

もっとも、リスクがないわけではありません。海外の大規模試験では、希死念慮や自傷行為、自殺企図といった重篤な有害事象が報告されています。今回の試験がそれらを回避できた理由の一つは、自傷行為・自殺企図の既往がある方をあらかじめ除外し、精神病性の特徴を伴ううつ病や統合失調症スペクトラム障害の家族歴がある方も対象外としたことにあります。つまり「誰にでも安全」ではなく、「選び抜かれた条件下で、管理された環境なら安全に実施できた」という結果です。

日本人におけるシロシンの動態:アジア人で初めて示された薬物動態データ

シロシビンは体内でシロシンという物質に変換され、この活性代謝物が実際に働きます。プロドラッグ(体内で変身してから効く薬)の典型例です。ところが、日本人を含むアジア人でシロシンの血中動態を測定したデータは、これまで一つも存在しませんでした。

本試験では第2回投薬セッション後に24時間かけて血中濃度を測定し、次の結果を得ています。10mg群では最高濃度(Cmax)11.7、到達時間(Tmax)1時間、半減期4.89時間、曝露量(AUC∞)42.1。25mg群ではCmax 14.3、Tmax 2時間、半減期3.99時間、AUC∞ 62.8でした。

用量が2.5倍になっても曝露量は1.5倍程度にとどまっている点は興味深いところです。ただし各群わずか6名であり、個人差の影響を無視できません。この数値は「日本人の標準値」ではなく、今後の用量設計を考えるための最初の手がかりと位置づけるべきでしょう。

脳で何が起きているのか:PET・MRI・TMS-EEGで作用機序に迫る

シロシビンがなぜ効くのか。動物実験では、脳内のセロトニン2A受容体を刺激し、その下流でグルタミン酸神経のシナプス表面にあるAMPA受容体の発現を増やし、神経可塑性(神経のつながりの変わりやすさ、いわば脳の「しなやかさ」)を高めることが示唆されています。しかし、ヒトでこれを直接確かめた研究はありません。

そこで本試験では、慶應義塾大学と横浜市立大学のグループが世界で初めて開発に成功したPET検査薬[11C]K-2を用いました。これは生きたヒトの脳内でAMPA受容体を可視化できる、世界唯一の技術です(Miyazaki et al., 2020, Nature Medicine)。シロシビン療法の前後でAMPA受容体の量がどう変わるかを比較すれば、「脳のしなやかさが増した」という仮説を直接検証できます。

さらに、理化学研究所の7テスラMRIによるマルチモーダル撮像(脳の構造、領域間の機能結合、グルタミン酸濃度など)と、TMS-EEG(磁気刺激と高精度脳波を組み合わせ、神経可塑性を非侵襲的に測る手法)も組み合わせています。これらは探索的評価項目であり、総括報告書には数値が公表されていません。今後の論文発表で明らかになる部分です。世界的に見ても、この三つを同一試験で走らせている例はほとんどありません。

この結果をどう読むか:単群オープンラベル試験の限界と次の一歩

本記事では、期待だけを語るのは誠実でありませんから、限界も明確にしてきたいと思います。

第一に、本試験は単群オープンラベル試験です。プラセボ群がなく、参加者も医師も「シロシビンを投与している」と知っています。うつ病の治療研究ではプラセボ反応が大きく出やすく、期待感そのものが症状を改善させます。さらに8回のセッションを通じて手厚い支援を受ける環境自体にも治療効果があります。MADRSの10点低下のうち、どこまでがシロシビンの薬理作用によるものかは、この設計では切り分けられません。

第二に、症例数が12名です。参加者の83.3%が男性という偏りもあり、日本人全体に一般化するには無理があります。

第三に、主要評価項目は完遂率でした。つまりこの試験が答えようとした問いは「効くか」ではなく「日本で安全に実施できるか」です。その問いには「できた」と答えが出ました。それ以上でも以下でもありません。

とはいえ、この一歩の意味は小さくありません。海外ではロビン・カーハート=ハリスらによるエスシタロプラム(一般的な抗うつ薬)との比較試験や、ジョンズ・ホプキンス大学のグループによる12か月追跡研究、233名を対象としたCOMPASS Pathways社の第2相試験など、質の高いエビデンスが積み上がってきました。しかし日本には、日本人でのデータも、実施の経験も、体制もありませんでした。今回の試験は、その三つを同時に埋めています。次に必要なのは、プラセボ対照を置いた、より規模の大きい試験です。

まとめ:シロシビン療法は日本でも「検証の入り口」に立った

今回の慶應義塾大学の試験では治療抵抗性うつ病の患者12名にシロシビン療法を2コース実施し、11名が完遂しました。抑うつ症状は3つの尺度で有意に改善し、その効果は8週後まで保たれていました。有害事象はほてりや集中困難などの軽度なものにとどまり、重篤なものは一件もありませんでした。日本人におけるシロシンの薬物動態も、初めて記述されました。

一方で、プラセボ対照のない小規模試験である以上、有効性の証明にはなりません。シロシビンは日本では麻薬に指定されており、研究の枠外で使用することは違法です。研究終了後にシロシビン療法を継続することもできません。

それでも、「日本ではシロシビンの臨床試験は一切実施されていない」という一文が、ようやく過去形になりました。サイケデリック療法をめぐる議論は、これまで海外の話として語られてきましたが、これからは自国のデータを持って進められます。次に来るのは、より大きく、より厳密な検証です。その結果を待ちながら、私たちは期待と慎重さの両方を手放さずにいたいと思います。

内田裕之. (2026). 治療抵抗性うつ病に対するシロシビン療法の安全性と効果の検討:単群オープンラベル試験(jRCTs031230351)総括報告書の概要. 臨床研究等提出・公開システム(jRCT). https://jrct.mhlw.go.jp/

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

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この記事を書いた人
ユウスケ

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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