シロシビンとパーソナリティ障害|治療抵抗性うつ病で初の臨床試験報告

研究

サイケデリック療法の臨床試験からほぼ例外なく除外されてきたパーソナリティ障害のある人々に、シロシビンは安全に届けられるのでしょうか。本記事では、治療抵抗性うつ病とクラスターBパーソナリティ障害を併せ持つ10名を追跡した、トロント大学による初の臨床試験報告の結果と限界について紹介します。

シロシビンとパーソナリティ障害の初報告:抑うつと希死念慮は平均して低下したが個人差は大きい

治療抵抗性うつ病とクラスターBパーソナリティ障害を併せ持つ人に対しても、シロシビンを用いたサイケデリック療法は重篤な有害事象なく実施でき、抑うつ症状と希死念慮(「死にたい」「消えてしまいたい」という考え)は平均して低下しました。一方で、効果の現れ方は人によって大きく異なり、うつ病のみの参加者と比べると改善の幅は控えめだったことも報告されています。

この研究は、トロント大学のオーリー・リプシッツ氏、ジョシュア・ローゼンブラット氏らのチームが2026年9月に学術誌『npj Mental Health Research』で発表したものです(Lipsitz et al., 2026)。パーソナリティ障害のある人は、これまでサイケデリック療法の臨床試験のほとんどで参加対象から外されてきました。わずか10名のデータであっても、「除外するのが当たり前」という前提に、初めて臨床試験の数字で問いを投げかけた点に意義があります。

ただし、著者ら自身が強調しているとおり、この報告は安全性や有効性を結論づけるものではありません。今後の本格的な試験を設計するための「下見」にあたる位置づけです。本記事では、背景から結果、限界までを順に見ていきましょう。

クラスターBパーソナリティ障害とは:うつ病治療が届きにくい理由と併存の実態

感情と対人関係の揺れを特徴とするグループ

パーソナリティ障害とは、ものの捉え方や感情の動き、人との関わり方のパターンが大きく偏り、状況に応じて切り替えにくいために、本人や周囲が長く苦しむ状態を指します。「性格が悪い」という意味ではありません。アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-5-TR)では、特徴の似たもの同士をA・B・Cの3つのクラスター(群)に分類しています。

クラスターBに含まれるのは、境界性、自己愛性、演技性、反社会性の4つです。感情の音量つまみが大きく振れやすく、対人関係が不安定になりやすいことが共通点といえます。たとえば境界性パーソナリティ障害では、見捨てられることへの強い不安、激しい気分の波、衝動的な行動、自傷行為などが見られます。

うつ病との併存が治療を難しくする

クラスターBパーソナリティ障害は、うつ病と非常に重なりやすいことがわかっています。論文によれば、うつ病の人の約20%、双極性障害の人の約30%がクラスターBの診断基準も満たします。併存している場合、生涯の自殺企図はパーソナリティ障害のない人と比べてほぼ2倍に増えるとされ、うつ状態で過ごす期間が長いことがその一因と考えられています。

さらに深刻なのは、治療が効きにくい点です。薬物療法、心理療法、脳刺激療法のいずれにおいても、クラスターBを併存する人は治療に反応しない可能性が2倍以上になると報告されました(Danayan et al., 2024)。2種類以上の抗うつ薬を十分な量と期間で試しても改善しない状態を「治療抵抗性うつ病」と呼びますが、これは鍵を何本試しても開かない扉のようなものです。その扉の前に立つ人の中に、パーソナリティ障害を抱える人が相当数含まれていると見られています。

クラスターBパーソナリティ障害そのものに対して承認された薬はありません。弁証法的行動療法などの心理療法は有効とされるものの、希死念慮への効果ははっきりせず、自殺関連行動の減少にも長い時間がかかります。途中で通えなくなる人が多いことも課題です。

臨床試験から除外されてきた背景

これほどニーズが高いにもかかわらず、サイケデリック療法の臨床試験はパーソナリティ障害のある人を対象外としてきました。理由として挙げられるのは、解離(自分や現実から切り離されたような感覚)が強まる懸念、不安の悪化、希死念慮が一時的に強まる可能性、そして物質使用障害を併せ持つ人が多いことです。

慎重さ自体は理解できます。しかし除外が続いた結果、実際の医療現場に多くいる人々について、安全なのか危険なのかを判断する材料すら存在しない状況が生まれました。論文は、この集団が医療者からも偏見を向けられやすい点にも触れています。

シロシビンが期待される理由:心の柔軟性と開放性に働きかける作用

シロシビンとサイケデリック療法の基本

シロシビンは一部のキノコに含まれる成分で、体内でシロシンという物質に変わり、脳のセロトニン2A受容体に作用します。数時間にわたり、知覚や感情、自己の感覚が大きく変化するのが特徴です。

サイケデリック療法は、この物質を単に投与するだけのものではありません。事前に信頼関係を築く「準備」、ファシリテーターが見守る「投与セッション」、体験を日常に結びつける「統合」の3段階で構成されます。うつ病を対象としたランダム化比較試験のメタ分析では、中程度から大きな効果が確認されています(Menon et al., 2025)。

凝り固まった思考パターンをゆるめる可能性

パーソナリティ障害の核心は、内面の体験や行動パターンの「柔軟性の乏しさ」にあります。ここにシロシビンが期待される理由があります。

ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、健康な人がシロシビンを1回摂取したあと、新しい考えや体験を受け入れる性格特性である「開放性」が高まり、1年後にも維持されていました(MacLean et al., 2011)。また、シロシビンが否定的な自己イメージの硬さをゆるめ、物事を別の角度から捉え直す力を高める可能性も示唆されています。

雪山にたとえるとわかりやすいかもしれません。同じ斜面を何度も滑ると深い轍ができ、そりは毎回同じ溝に吸い込まれていきます。シロシビンは、そこに新雪を降らせて別のルートを選びやすくするようなものだと考えられています。ただし、新しいルートをどこに引くかは、その後の心理的サポート次第です。

見過ごせないリスクへの懸念

期待の一方で、懸念も具体的に存在します。パーソナリティ障害のある人が研究の枠組みの外でシロシビンを自己使用した観察研究では、抑うつの軽減や仕事・対人関係の改善が報告された反面、一部で不安の悪化や対人関係の一時的な悪化が見られました。希死念慮についても、メタ分析では全体として小さいながら有意な減少が示されているものの、投与後に悪化した事例がまれに報告されています。

つまり、理論上の期待と現実のリスクの両方があり、どちらが上回るのかは臨床試験で確かめるしかない状況でした。

トロント大学の臨床試験の設計:25mgのシロシビンと短縮型の心理的サポート

実際の医療現場に近い10名の参加者

今回の報告は、カナダ初の研究者主導による治療抵抗性うつ病へのシロシビン試験(Rosenblat et al., 2024)の二次解析です。この試験は「実際に治療を求めて来院する人々を反映した参加者」を集めることを目的としており、クラスターBパーソナリティ障害を除外基準に含めませんでした。

パーソナリティ障害を併存していた10名の内訳は、境界性が6名、自己愛性が3名、依存性が1名(境界性と重複)、強迫性が1名です。強迫性パーソナリティ障害はクラスターCに分類されますが、抑うつや自殺リスクとの関連が知られているため解析に含められました。うつ病が7名、双極II型障害が3名で、平均年齢は43歳、女性が6割を占めます。

参加者の経歴は重いものでした。7名が精神的な理由で救急を受診した経験を持ち、5名に入院歴があります。全員が認知行動療法を経験済みで、磁気刺激療法を4名、電気けいれん療法を2名が受けていました。

投与と心理的サポートの流れ

参加者は、ユソナ研究所から提供された合成シロシビン25mgを水に溶かして服用しました。1回の投与につき、準備セッション1回(1〜2時間)、投与セッション(6〜8時間)、統合セッション2回(翌日と7日後、各1〜2時間)が行われます。担当したのはオンタリオ州の資格を持つ多職種のファシリテーターチームで、全員が試験専用プロトコルのトレーニングを受けていました。

他の試験と比べて心理的サポートが短く設計されているのは、将来の医療現場で実施しやすくするためです。また、効果が見られ、安全性に問題がなく、うつ症状が2週間以上ぶり返した場合には、6か月の間に最大3回まで投与を受けられました。実際には1回が3名、2回が5名、3回が2名という結果になっています。なお、抗うつ薬や抗精神病薬は試験期間中は中止する必要がありました。

オープンラベル試験という前提

この試験はオープンラベル、つまり参加者も研究者も「本物のシロシビンを使っている」と知ったうえで行われています。2週間の待機グループは設けられましたが、今回の解析は人数が少ないため全員をまとめて扱いました。「これで良くなるかもしれない」という期待そのものが症状を動かす可能性を切り離せない点は、結果を読むうえで常に頭に置いておく必要があります。

試験結果の詳細:抑うつ・希死念慮・QOLは改善傾向、不安は横ばい

主な指標の平均値は次のとおりです。6か月後は脱落者を除く7名分のデータである点にご注意ください。

指標投与前翌日2週後6か月後
MADRS(面接による抑うつ評価)30.422.524.922.3
MADRS希死念慮項目(0〜6点)3.21.62.31.2
QIDS-SR-16(自己記入の抑うつ評価)16.014.413.014.7
GAD-7(不安)12.410.59.712.0
EQ-5D-5L(健康関連QOL、100点満点)45.347.351.661.3
WHO-5(ウェルビーイング、%)11.218.926.721.7

抑うつ症状は平均で約8ポイント低下

専門家が面接で評価するMADRSという尺度では、投与前の30.4点から6か月後に22.3点へと下がりました。統計的に明確な差が確認されたのは6か月時点のみですが、変化の大きさを示す効果量は、翌日と2週後で中程度、6か月後には大きい水準でした。

ただし、平均値だけを見るのは危険です。年間の平均気温を知っても日々の天気がわからないのと同じで、個人の経過は驚くほどばらついていました。ある参加者は翌日に70%、2週後に81%も点数が下がりました。別の参加者は翌日に15%悪化したものの、6か月後には62%の改善に至っています。反対に、2週後に29%悪化し、その後に試験を離れた人もいました。投与翌日に悪化したのは3名です。

また、パーソナリティ障害のない参加者を含む試験全体と比べると、抗うつ効果は弱めでした。従来の治療と同じく、シロシビンでも「効きにくさ」が一定程度残る可能性を示しています。

希死念慮は低下し、4名で消失

希死念慮を0〜6点で評価する項目では、平均3.2点(「自殺を解決策のひとつとして考えるが、計画や意図はない」に近い水準)から、6か月後には1.2点(「人生を楽しめる、あるいはあるがままに受け止められる」に近い水準)へと下がりました。投与前に希死念慮のあった参加者のうち、4名は試験終了時に完全に消失しています。この項目では、翌日と2週後に悪化した人はいませんでした。

とはいえ、経過は一直線ではありません。別の評価尺度では、1名が翌日と2週後に具体的な計画と意図を伴う悪化を示しました。研究チームは、この人に以前からあった希死念慮の波によるものである可能性が高いと判断しており、試験終了時には受動的な希死念慮のみとなっています。終了時点で投与前より悪化していた参加者も1名いました。

不安は改善せず、QOLとウェルビーイングは上向いた

不安症状は2週後にやや下がったものの、6か月後には投与前とほぼ同じ水準に戻りました。これはパーソナリティ障害に特有の結果ではなく、試験全体でも不安への効果は乏しかったと報告されています。

対照的に、健康関連QOL(生活の質)は45.3点から61.3点へと上昇しました。ウェルビーイングの指標では全員が投与翌日に改善を示し、6か月後も全員が投与前と同等かそれ以上を維持しています。もっとも、投与前の平均が100%中11.2%と極めて低かったことは見逃せません。症状の点数が下がることと、生活が良くなることは必ずしも一致しないため、パーソナリティ障害の分野ではQOLを独立した治療目標として重視する流れが強まっています。

安全性と有害事象:重篤な事象はゼロでも見過ごせない3つの報告

頭痛やめまいは多いが48時間以内に解消

重篤な有害事象は記録されませんでした。多かったのは頭痛(7名)、めまい(6名)、食欲の変化・体の痛みや緊張・吐き気(各4名)で、パニック発作と幻聴もそれぞれ1名に見られています。後述の1件を除き、すべて48時間以内に治まりました。

注目したいのは、有害事象の頻度が試験全体よりも高かった点です。著者らは、境界性パーソナリティ障害では慢性的な身体の痛みを抱える人が多く、身体感覚に敏感である可能性を指摘しています。加えて、この集団の身体的な訴えは医療者に軽く扱われやすいとも述べており、試験中の身体症状に丁寧に対応する重要性を強調しました。

6か月続いた持続性性器興奮という前例のない報告

1名の参加者に、性的な欲求とは無関係に性器の興奮感覚が続く「持続性性器興奮」が投与後に生じ、6か月の追跡期間中ずっと解消しませんでした。シロシビンに関連してこの症状が文献に報告されたのは初めてとされ、原因の解釈は今後に委ねられています。

著者らはこれを機に、サイケデリック療法の臨床試験における有害事象の報告が一貫していない問題に言及しました。参加を検討する人への事前説明では、「副作用についてはまだわかっていないことがある」という不確実性そのものを伝えるべきだとしています。

試験期間中の自傷と自殺関連行動

試験期間中、2名に自殺を目的としない自傷行為があり、3名が自殺企図に向けた準備行動をとりました。そのうち2名は、途中で思いとどまった、あるいは中断された企図を報告しています。

もともと自殺リスクの非常に高い人々であり、対照群との比較もないため、シロシビンとの因果関係は判断できません。それでも、この集団にサイケデリック療法を提供するなら、手厚いモニタリングと危機対応の体制が欠かせないことを示すデータです。なお、脱落は10名中3名で、理由は禁止薬の開始、効果がなく希死念慮が悪化したための他治療への移行、連絡途絶でした。脱落率は試験全体と同程度であり、受け入れやすさは一定程度あったと著者らは見ています。

研究の限界と今後の課題:10名のデータをどう読み解くか

この研究は貴重な第一歩ですが、結果の解釈には強い慎重さが求められます。著者ら自身が挙げている主な限界は以下のとおりです。

  • 参加者が10名と少なく、6か月後のデータは7名分にとどまります。効果を感じた人ほど試験に残りやすいため、結果が実際より良く見えている可能性があります。
  • オープンラベル試験で対照群との比較も行っていないため、改善がシロシビンによるものか、期待や時間経過によるものかを区別できません。
  • パーソナリティ障害の診断は、構造化された面接ではなく自己申告と主任研究者の臨床評価に基づいています。パーソナリティ障害の症状そのものの変化も測定されていません。
  • 異なる種類のパーソナリティ障害、うつ病と双極性障害、1〜3回という投与回数の違いが混在しており、「誰に、何回が適切か」は見えてきません。

加えて、著者の一部がこの分野の関連企業と関係を持っていることも論文内で開示されています。不正を意味するものではありませんが、読み手として把握しておきたい情報です。

今後に向けて、著者らは構造化面接や連続的な尺度でパーソナリティの機能を測る、より大規模な対照試験の必要性を訴えています。同じ集団を対象とした別の臨床試験もすでに完了しており、結果の公表が待たれます。また、心理的サポートのあり方は「今後の検討課題」とされました。見捨てられ不安や対人関係の揺れといった特性を考えると、準備と統合の設計、そしてファシリテーターのトレーニング内容は、この集団において特に重要な論点になるでしょう。

最後に、日本ではシロシビンは麻薬及び向精神薬取締法で規制されており、所持や使用は違法です。今回の結果は、医療者による選別、管理された投与、心理的サポート、継続的なモニタリングがそろった環境で得られたものであり、自己判断での使用を支持するものではまったくありません。

まとめ:シロシビン研究は「一律の除外」から「慎重な包摂」へ

治療抵抗性うつ病とクラスターBパーソナリティ障害を併せ持つ人々は、従来の治療が届きにくく、自殺リスクも高いにもかかわらず、サイケデリック療法の研究からは取り残されてきました。トロント大学の今回の報告は、その空白に初めて臨床試験のデータを置いたものです。

抑うつ症状と希死念慮は平均して低下し、QOLとウェルビーイングは上向き、重篤な有害事象はありませんでした。他方で、効果は試験全体より控えめで個人差が大きく、不安は改善せず、有害事象は多めで、前例のない持続的な副作用や自殺関連行動も記録されています。

著者らの結論は明快です。クラスターBパーソナリティ障害があるというだけで臨床試験から一律に除外すべきではない。しかし、この治療が安全でも有効でもない人がいる可能性があり、それを見極める研究が必要だ、というものです。期待にも不安にも偏らず、データを一つずつ積み上げていく段階が、ようやく始まりました。

Lipsitz, O., Brudner, R. M., Doyle, Z., Kaczmarek, E. S., Meshkat, S., Sethi, R., McIntyre, R. S., & Rosenblat, J. D. (2026). Exploratory safety, tolerability, and feasibility of psilocybin-assisted psychotherapy for adults with co-occurring treatment-resistant depression and cluster B personality disorders. npj Mental Health Research. Advance online publication. https://doi.org/10.1038/s44184-026-00248-9

本記事は情報提供のみを目的としており、医療アドバイスではありません。
精神的・身体的な問題を抱えている方は、必ず医療専門家にご相談ください。
また、日本国内でのサイケデリック物質の所持・使用は法律で禁止されています。

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この記事を書いた人
波多野 佑介

米国リベラルアーツカレッジを2020年心理学専攻で卒業。大手戦略コンサルティングファームにて製薬メーカーの営業・マーケティング戦略立案に従事するなかで、従来の保険医療の限界を実感。この経験を通じて、より根本的な心身のケアアプローチの必要性を確信し、サイケデリック医療を学ぶ。InnerTrekにてオレゴン州認定サイケデリック・ファシリテーター養成プログラム修了(Cohort 4)。

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